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監督のパワハラで高校中退。17歳の球児が失った野球人生を取り戻すためドミニカ野球に挑戦【ドミニカ野球奮闘記#1】

2019/05/03

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 今年1月、侍ジャパンの主砲筒香嘉智外野手(横浜DeNAベイスターズ)が日本外国特派員協会で会見を行い、勝利至上主義への警鐘、高校野球やアマチュア指導者への提言を行い、話題を集めたことは記憶に新しい。会見の中で、こうした球界改革への思いを強くしたきっかけの一つにドミニカ共和国への訪問、そこでの経験を挙げている。根性論ではなく、野球は楽しむものという気持ち、プレーヤーファーストの指導など、筒香自身が感じたという、日本野球を取り囲む環境との違いは示唆に富む。
 

 そんな中、北海道出身、17歳の米内山凱(よねうちやま・かい)君という一人の少年が、失った野球人生を取り戻そうとドミニカ共和国の地を踏んだ。地元のボーイズリーグでプレーしていた凱君は、関東の強豪校への進学を希望していたものの叶わずに道内の高校へ進むことになった。野球が盛んという学校ではなかったが、凱君がレベル以上にショックを受けたのが指導方法だった。監督による暴言やパワハラに耐えかねた凱君は1年生の秋に退部、その数カ月後には高校も中退することになる。
 
 野球をプレーする機会を失ったことでプレーを渇望するようになったという凱君は、海外にその機会を求めることを考えついた。ボストン・レッドソックスなどで活躍したドミニカ人スラッガーのデビッド・オルティース氏のファンでもあり、楽しく野球ができそうだという印象からドミニカ共和国を第一候補とし、意を決して海を渡った。そして、今年4月、現地在住の日本人の協力もあり、ドミニカ共和国の首都サントドミンゴでアカデミー探しが始まった。
 
 ドミニカ共和国の育成システムは日本とは異なり、日本では16歳~18歳というと高校生にあたる年齢だが、この年代、ドミニカではMLBでのプレーを目標に、各球団のアカデミーでプレーしているのが一般的だ。したがって、その前段階の13歳~16歳の少年たちは、MLBアカデミーのスカウト陣の目にとまるべく、プログラムと呼ばれるカテゴリーでしている。
 
 そうした事情もあり、日本人という理由でなく、17歳という年齢が理由で凱君の受け入れを拒否するアカデミーも少なくなかった。そんな中、凱君を受け入れたアカデミーは、2010年に読売ジャイアンツの育成選手として日本でプレーした経験を持つ、ノエル・ウレーニャ氏が運営するアカデミーであった。このアカデミーはドミニカでは珍しく、16歳以上の少年も多いアカデミーで、MLBのアカデミーから振るい落とされ再起をかける17歳、18歳選手や、政情不安のベネズエラから移住してきた子も受け入れるなど常時40名ほどが在籍しているということだ。
 
 こうした環境の中で凱君のドミニカでの挑戦がスタートした。スペイン語も分からぬままアカデミーの練習に飛び込んで2~3週間が経ち凱君は「楽しく野球をやれている実感がある」と言う。そして、色々と驚きもあったようだ。「やっぱり身体能力は高いですね。特に守備の時に見せる肩の強さはすごいです。また小さいころから、逆シングルの練習をしたり、フルスイングするという考えも染みついているようです。それについて指導者も口を出しません」
 
 ただ、それ以上に驚かされたのはメンタル的な部分のようだ。「例えば、四球についての考え方ですが、日本では粘って四球で出塁すると評価されますが、こちらでは評価されませんし、みんな悔しがります。貴重な一打席で打つことができなかったという意味です。だから、ノースリーでも待つことはありませんし、コーチもそれを咎めません。一打席に賭ける気持ちが強いです。また、ゲーム前にコーチがメンバーを決めるのですが、みんな”俺を使ってくれ”とすごくアピールするんです。ただ、外れたメンバーはスタメンの選手に対し、”がんばれよ”と声を掛けたりと、そのあたりの切り替えは早いです」
 
 北海道出身の凱君は、常夏のドミニカの暑さに驚いたようだ。そして、言葉、文化、習慣が違う環境に飛び込む苦労もある。しかし、楽しく野球をしたいという17歳の純粋な気持ちはそれらに打ち勝っているようだ。「毎日が楽しい」という凱君の挑戦はまだ始まったばかりだが、既により高いカテゴリーへの挑戦という欲も芽生えてきたようだ。今後も凱君の挑戦を追い続けながら、ドミニカ共和国の野球事情なども併せて紹介していきたい。
 
 
高橋康光

第2回

凱君のドミニカ挑戦の様子は、下記ツイッターアカウントよりご覧いただけます
ドミニカ共和国チャレンジ