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辻内崇伸、ドラフト1位の肖像――「戦力外通告にほっとした。野球人生に悔いなし」【連載第5回】

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。

2016/11/01

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田崎健太

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なんとか解雇を免れるために……

 ある時期から、自分はプロにしがみつくためだけに投げていたと辻内は振り返る。
 
「プロ入り5年目ぐらいに結果が出ていないとクビになるわけです。だから(シーズン終了後、秋に2軍選手を主体とした)フェニックスリーグとかで速いボールを投げないといけない。そのときはクビになるという恐怖もあって腕が振れる。シーズン中投げられなかった150キロが出たりするんです。痛みはありますよ。フェニックスリーグへ行く前に、肩と肘に痛み止めを打ってもらってました。それで2、3週間は持つので投げられる」
 
 痛みを抑えるためには、考えられる全ての手を打った。中継ぎの投手などが肩を温めるために使うクリームも使った。
 
「それを塗ると熱くなって、汗を掻くせいもあって、痛みを感じないんですよ。熱いだけ。夏場は熱くなりすぎて塗れないけど、寒いときには使えるんです」
 
 来季への希望を見せて、毎年、なんとか解雇を免れるという状態だった。
 
「冬に無理するから、キャンプ前の自主トレからずっと痛い。どうしょう、と思っているうちにキャンプが始まる。初日から投げないといけない。痛い。無理する。はい、終わり、です」
 
 無理するところが違ったんですよと、辻内は自嘲気味に笑った。
 
 戦力外通告を受けたのはプロ入りから8年目、2013年10月のことだった。
 
 練習前、風呂に入っていると、「ディレクター室に来てくれ」とマネージャーから声を掛けられた。
 
 来季契約をしない、そう言われた瞬間、辻内は長年背負ってきた荷物を下ろしたような気になった。
 
「めっちゃ、ほっとしましたね。野球、終わった、みたいな感じ。やっとこの苦しさから解放されるんや、肘や肩が痛くない生活が出来るんやと。自分の中ですっきりとしました。走るとかトレーニングするとかは苦じゃなかったです。でも投げることが辛かった。明日から投げなくていいという開放感がすごかった」

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