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著者:Kenta Tazaki

田崎健太(たざき・けんた)1968年3月13日京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。 著書に『cuba ユーウツな楽園』 (アミューズブックス)、『此処ではない何処かへ 広山望の挑戦』 (幻冬舎)、『ジーコジャパン11のブラジル流方程式』 (講談社プラスα文庫)、『W杯ビジネス30年戦争』 (新潮社)、『楽天が巨人に勝つ日-スポーツビジネス下克上-』 (学研新書)、『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『辺境遊記』(絵・下田昌克 英治出版)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2015』(集英社インターナショナル)。最新刊は『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』(光文社新書)。 早稲田大学スポーツ産業研究所招聘研究員。



川相昌弘、ドラフト4位の肖像#5――「びっくりしましたね。まさかの巨人だって」

2019/10/18 NEW

ドラフト四位指名―ドラヨンに結果を残している選手が多い。ドラフト一位指名は、その時点で同年代の野球少年の最前列にいると認められたことになる。その意味で、ドラヨンは、二列目以降の男たちとも言える。そんな“ドラヨン”で入団した野球選手を追った10/16発売の新刊「ドラヨン」から一部抜粋で公開する。... 続きを見る


川相昌弘、ドラフト4位の肖像#4――「早稲田実業との対戦は望むところだった」

2019/10/17

ドラフト四位指名―ドラヨンに結果を残している選手が多い。ドラフト一位指名は、その時点で同年代の野球少年の最前列にいると認められたことになる。その意味で、ドラヨンは、二列目以降の男たちとも言える。そんな“ドラヨン”で入団した野球選手を追った10/16発売の新刊「ドラヨン」から一部抜粋で公開する。... 続きを見る


川相昌弘、ドラフト4位の肖像#3――「おー荒木大輔かと思って見てましたね」

2019/10/16

ドラフト四位指名―ドラヨンに結果を残している選手が多い。ドラフト一位指名は、その時点で同年代の野球少年の最前列にいると認められたことになる。その意味で、ドラヨンは、二列目以降の男たちとも言える。そんな“ドラヨン”で入団した野球選手を追った本日10/16発売の新刊「ドラヨン」から一部抜粋で公開する。... 続きを見る


川相昌弘、ドラフト4位の肖像#2――「お前は普通科高校に行って、大学に行ったほうがいいって言われました」

2019/10/15

ドラフト四位指名―ドラヨンに結果を残している選手が多い。ドラフト一位指名は、その時点で同年代の野球少年の最前列にいると認められたことになる。その意味で、ドラヨンは、二列目以降の男たちとも言える。そんな“ドラヨン”で入団した野球選手を追った10/16発売の新刊「ドラヨン」から一部抜粋で先行公開する。... 続きを見る


川相昌弘、ドラフト4位の肖像#1――「ぼくたちは長嶋さんの全盛時代というのは知らない。それでも長嶋ファンでした」

2019/10/11

ドラフト四位指名―ドラヨンに結果を残している選手が多い。ドラフト一位指名は、その時点で同年代の野球少年の最前列にいると認められたことになる。その意味で、ドラヨンは、二列目以降の男たちとも言える。そんな“ドラヨン”で入団した野球選手を追った10/16発売の新刊「ドラヨン」から一部抜粋で先行公開する。... 続きを見る


松沼博久・雅之、ドラフト外の肖像#6 運も実力のうち――プロで生き残るために必要な資質

2018/10/19

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。... 続きを見る


松沼博久・雅之、ドラフト外の肖像#5――僕たちが巨人ではなく西武を選んだ本当の理由

2018/10/17

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。... 続きを見る


松沼博久・雅之、ドラフト外の肖像#4――松沼兄弟の運命を変えた男・江川卓

2018/10/15

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。... 続きを見る


松沼博久・雅之、ドラフト外の肖像#3 一躍プロ注目選手へ。それでも想いは「兄弟で都市対抗優勝しよう」

2018/10/11

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。... 続きを見る


松沼博久・雅之、ドラフト外の肖像#2――アンダースロー誕生の瞬間、「僕はピッチャー嫌いだった」

2018/10/09

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。 ... 続きを見る


松沼博久・雅之、ドラフト外の肖像#1――「お前なんか辞めちまえ」博久が初めて出会った、うるさい監督

2018/10/05

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。そんなドラフト外で入団した野球選手をクローズアップし、1冊にまとめたのが10月15日に発売となる『ドラガイ』だ。今回は収録してある中から松沼博久・雅之編をダイジェストで掲載する(全6回)。... 続きを見る


石毛博史、ドラフト外の肖像#3 突然のトレード&阪神テスト入団「野球馬鹿は、プロ野球で通じない」

2018/08/16

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。 ... 続きを見る


石毛博史、ドラフト外の肖像#2 両親の薦める社会人野球を断って……ドラガイから巨人のストッパーへ

2018/08/15

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。... 続きを見る


石毛博史、ドラフト外の肖像#1――ドラフトで問題視、野球人生を左右させた伸びない肘

2018/08/14

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。 ... 続きを見る


荒木大輔、ドラフト1位の肖像#3――「プロに行く気0%」を変えさせた、『アイスクリーム』事件

2017/10/26

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


荒木大輔、ドラフト1位の肖像#2――大輔フィーバーの影響、「僕は早稲田大学に進学するつもりだった」

2017/10/25

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


荒木大輔、ドラフト1位の肖像#1――高校1年、早実に背番号11のエースが誕生した理由

2017/10/24

「調布リトル」で世界一  荒木大輔が最初に憧れた選手は二人の兄だったという。    荒木は1964年5月、東京都調布市で生まれた。父親は工務店を営んでおり、二人の兄がいる。    まず6歳年上の長兄、隆志がリトルリーグ「調布リトル」で日本選手権で優勝、台湾で行われた極東大会に出場している。荒木は両親たちと羽田空港まで見送りに行った。『JAPAN』と書かれた帽子を被った兄の姿が眩しかったという。   「そもそもは飛行機に乗りたかった。親にお兄ちゃんは何で飛行機に乗るのって聞いたら、練習、試合を頑張ったからって。野球を頑張れば、飛行機に乗れるのかって、思ったんです」 ... 続きを見る


元木大介、ドラフト1位の肖像#3――一軍に生き残るためのスタイル変換「好き勝手書いた人たちを見返してやろうと」

2017/10/12

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


元木大介、ドラフト1位の肖像#2――巨人逆指名批判、ホークス入団拒否の理由

2017/10/11

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


元木大介、ドラフト1位の肖像#1――野球人生を決めた、父との約束

2017/10/06

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


古木克明、ドラフト1位の肖像#3――守備の不安消えず。三塁か外野か、一貫しなかった方針

2017/09/21

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


古木克明、ドラフト1位の肖像#2――ベイスターズは希望球団にあらず。「来るな、来るな」

2017/09/20

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


古木克明、ドラフト1位の肖像#1――大砲として類い稀な才能、一気に評価を上げた甲子園

2017/09/19

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


多田野数人、ドラフト1位の肖像#3――日本ハム1年目の骨折で余儀なくされた軟投派への転向

2017/07/15

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


多田野数人、ドラフト1位の肖像#2――日本人2人目の快挙を達成。アメリカで生き残れた起死回生の球種

2017/07/14

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


多田野数人、ドラフト1位の肖像#1――憧れだった六大学野球と、人生が激変した大学4年秋

2017/07/13

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


大越基、ドラフト1位の肖像#2――困惑のドラ1指名。「プロ野球選手だったという感覚は全くない」

2017/06/03

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


大越基、ドラフト1位の肖像#1――「元木の金属バットをへし折る!」 人生を変えた高3夏の準V

2017/06/02

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


前田幸長、ドラフト1位の肖像#5――プロ野球生活20年、〝アンチ巨人〟だった男のしたたかさ

2017/02/19

1988年ドラフト1位で当時のロッテオリオンズに入団した前田幸長。その後、千葉ロッテマリーンズ、中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツを経て、最後には米国へ渡り3Aでもプレーをした。プロ野球の中では細身ながらも、独特のカーブとナックルボールを決め球に存在感を発揮した。... 続きを見る


前田幸長、ドラフト1位の肖像#4――笑顔なき記者会見「なんでロッテなんだ、西武は何をやっているんだ」

2017/02/18

まさかのドラフト会議  1988年のドラフト会議で最も注目されていたのは、慶応大学の左腕投手、志村亮の動向だった。大学4年間で31勝、防御率1.82という成績を残しており、即戦力という評価。しかし、三井不動産への就職を決めておりプロ入りを拒否していた。    複数球団の指名が予想されていたのは、津久見の川崎憲次郎だった。その他、大阪桐蔭の今中慎二、大垣商業の篠田淳、社会人ではNTT四国の渡辺智男、プリンスホテルの石井丈裕が上位指名確実と見られていた。その中には、夏の準優勝投手である、前田幸長の名前も入っていた。    スポーツ番組に出演した報知新聞の記者、中島伯男氏は、先発 ... 続きを見る


前田幸長、ドラフト1位の肖像#3――本当は西武が指名予定だった……ドラフト前に大学進学を口にした理由

2017/02/17

1988年ドラフト1位で当時のロッテオリオンズに入団した前田幸長。その後、千葉ロッテマリーンズ、中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツを経て、最後にはアメリカへ渡り3Aでもプレーをした。プロ野球の中では細身ながらも、独特のカーブとナックルボールを決め球に存在感を発揮した。... 続きを見る


前田幸長、ドラフト1位の肖像#2――運にも恵まれた高校3年の夏「高校野球らしからぬ気楽な雰囲気」

2017/02/16

1988年ドラフト1位で当時のロッテオリオンズに入団した前田幸長。その後、千葉ロッテマリーンズ、中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツを経て、最後にはアメリカへ渡り3Aでもプレーをした。プロ野球の中では細身ながらも、独特のカーブとナックルボールを決め球に存在感を発揮した。... 続きを見る


前田幸長、ドラフト1位の肖像#1――関節の柔らかさから生まれた、独特の縦カーブが武器に

2017/02/15

1988年ドラフト1位でロッテオリオンズに入団した前田幸長。その後、千葉ロッテマリーンズ、中日ドラゴンズ、読売ジャイアンツを経て、最後にはアメリカへ渡り3Aでもプレーをした。プロ野球の中では細身ながらも、独特のカーブとナックルボールを決め球に存在感を発揮した。... 続きを見る


辻内崇伸、ドラフト1位の肖像――「戦力外通告にほっとした。野球人生に悔いなし」【連載第5回】

2016/11/01

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


辻内崇伸、ドラフト1位の肖像――「ドラ1の宿命、自分の扱いは『異常だ』」【連載第4回】

2016/10/31

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


辻内崇伸、ドラフト1位の肖像――「ジャイアンツに行きたいというよりも、関西から出たかった」【連載第3回】

2016/10/26

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


辻内崇伸、ドラフト1位の肖像――1試合19奪三振を記録した05年夏「ホンマにあれ、奇跡なんですよ」【連載第2回】

2016/10/23

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


辻内崇伸、ドラフト1位の肖像――「大阪桐蔭に入学した時、僕は平民以下の存在だった」【連載第1回】

2016/10/20

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。... 続きを見る


「選手の価値評価が球団利益に」BOSシステム開発の背景【前日本ハム球団社長・藤井純一氏#6】

2015/08/23

現在、日本のプロ野球界で実に効率的なチーム作りをしているのが北海道日本ハムファイターズである。東京から北海道へ移り、地域密着に成功した球団の土台を築いた一人が藤井純一前球団社長だ。これまでの藤井氏の話を聞くと、「負けない」ファイターズ、「集客力のある」ファイターズの土壌が見えてくる。... 続きを見る


安定的な収益確保に必要な、スタジアムの運営【前日本ハム球団社長・藤井純一氏#5】

2015/08/22

現在、日本のプロ野球界で実に効率的なチーム作りをしているのが北海道日本ハムファイターズである。東京から北海道へ移り、地域密着に成功した球団の土台を築いた一人が藤井純一前球団社長だ。これまでの藤井氏の話を聞くと、「負けない」ファイターズ、「集客力のある」ファイターズの土壌が見えてくる。... 続きを見る


「ファンを恐れない」球団黒字化への道【前日本ハム球団社長・藤井純一氏#4】

2015/08/21

現在、日本のプロ野球界で実に効率的なチーム作りをしているのが北海道日本ハムファイターズである。東京から北海道へ移り、地域密着に成功した球団の土台を築いた一人が藤井純一前球団社長だ。これまでの藤井氏の話を聞くと、「負けない」ファイターズ、「集客力のある」ファイターズの土壌が見えてくる。... 続きを見る


「北海道に本気で向き合わなければ」ファイターズでの挑戦【前日本ハム球団社長・藤井純一氏#3】

2015/08/20

現在、日本のプロ野球界で実に効率的なチーム作りをしているのが北海道日本ハムファイターズである。東京から北海道へ移り、地域密着に成功した球団の土台を築いた一人が藤井純一前球団社長だ。これまでの藤井氏の話を聞くと、「負けない」ファイターズ、「集客力のある」ファイターズの土壌が見えてくる。... 続きを見る


見習うべき先行モデルはドイツ――セレッソ大阪への出向【前日本ハム球団社長・藤井純一氏#2】

2015/08/19

現在、日本のプロ野球界で実に効率的なチーム作りをしているのが北海道日本ハムファイターズである。東京から北海道へ移り、地域密着に成功した球団の土台を築いた一人が藤井純一前球団社長だ。これまでの藤井氏の話を聞くと、「負けない」ファイターズ、「集客力のある」ファイターズの土壌が見えてくる。... 続きを見る


30代当時「野球に興味はなかった」【前日本ハム球団社長・藤井純一氏#1】

2015/08/18

現在、日本のプロ野球界で実に効率的なチーム作りをしているのが北海道日本ハムファイターズである。東京から北海道へ移り、地域密着に成功した球団の土台を築いた一人が藤井純一前球団社長だ。これまでの藤井氏の話を聞くと、「負けない」ファイターズ、「集客力のある」ファイターズの土壌が見えてくる。... 続きを見る