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球界に衝撃…まさかの退団を経験した大物選手5人(2)テスト生からの大復活

2022/10/05

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産経新聞社



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 ドラフト会議が近づくとともに、2022年10月3日から戦力外通告の通告期間が始まった。先日はソフトバンクホークスの松田宣浩が退団を発表したが、過去にはまさかの形で戦力外通告、自由契約となった大物選手も数多くいる。そこで今回は、戦力外通告または自由契約を経験した大物選手を5人紹介する。

 

 

中村紀洋


出身:大阪府
投打:右投右打
身長/体重:180cm/93kg
生年月日:1973年7月24日
ドラフト:1991年ドラフト4位

 
 いてまえ打線の中軸を担い、美しいアーチを数々描いた中村紀洋も自由契約を経験した選手である。
 
 渋谷高校(大阪府)を甲子園に導いた中村は、ドラフト4位で大阪近鉄バファローズに入団。3年目の1994年から出場試合を増やすと、1995年から2004年まで2桁本塁打を記録。近鉄が優勝した2001年はキャリア唯一の打率3割超え(.320)・46本塁打・132打点と大暴れした。
 
 その後、2004年オフにメジャーリーグへの挑戦を表明。ロサンゼルス・ドジャースと契約したものの、思うような結果を残せず1年で退団し、2006年にオリックス・バファローズで日本球界に復帰した。だが、2006年はけが続きのシーズンとなり、成績を「公傷」とみなしてほしい中村と球団が対立。契約交渉はうまく進まずに自由契約となった。
 

 
 「所属先なし」となった中村に手を差し伸べたのが、落合博満が率いる中日ドラゴンズ。テスト生として合格を受けた中村は、育成契約からのスタートに。その後は自らの手で支配下契約を勝ち取り、最終的には2007年日本シリーズのMVPに輝いた。テスト生から這い上がった中村の活躍は、今後も語り継がれていくことだろう。

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