マニエル率いる近鉄が「江夏の21球」に敗れる セイバーメトリクスの視点で過去の打撃ベスト10を振り返ろう~1979年編~
2020/08/20
Getty Images, DELTA・道作

本企画はNPB過去年度の打撃ベスト10を眺め、往事の野球を今の視点から振り返り楽しんでもらおうというものだ。ただベスト10は従来の打率ではなく、セイバーメトリクスにおける総合打撃指標wRAA(※1)を採用する。これはリーグ平均レベルの打者が同じ打席をこなした場合に比べ、その打者がどれだけチームの得点を増やしたかを推定する指標だ。この視点で振り返ることで、実は過小評価されていた打者がわかるということもあるかもしれない。
1979年のパ・リーグ
チーム 試合 勝率 得点 失点 得失点 前期/後期
近鉄 130 .622 672 531 141 1/2
阪急 130 .630 695 546 149 2/1
日本ハム 130 .512 592 569 23 3/4
ロッテ 130 .466 576 597 -21 4/3
南海 130 .387 558 689 -131 5/6
西武 130 .381 525 686 -161 6/5
クラウンライターライオンズが身売りをした結果、埼玉に西武ライオンズが誕生。この結果、ダイエーの進出まで九州にプロ野球チームは存在しないこととなった。
加藤英司(阪急)が前年の不振から復調し、wRAA55.9を記録。パ・リーグの首位を奪還した。出塁率・打率・打点でリーグ首位となっている。パ・リーグでは1972年の張本勲(当時東映)以来、7年ぶりとなる50以上の値をマークした。加藤はこれで3度目の1位である。
2位チャーリー・マニエル(近鉄)は1打席当たりの得点貢献を示すwOBA(※3)においては加藤を上回ったが欠場が多く、打席数は規定のラインとなる403打席ちょうどに留まった。これにより打席が多いほど有利になる積み上げ値であるwRAAでは2位に終わっている。ただし前半戦の打撃は異常ともいえるレベルで、6月9日に死球を受けて顎を複雑骨折するまで48試合で24本塁打を放っていた。最終的に長打率.712と本塁打37本でリーグ最高をマークしている。
マニエルの活躍もあって近鉄は前期優勝。日本シリーズにも出場したが、この年はかの有名な「江夏の21球」があった年である。近鉄は広島に敗れ、シリーズ制覇はならなかった。
ベスト10には阪急勢とロッテ勢が共に4名入ったが、阪急がリーグ最多の695得点をマークしたのに対しロッテのチーム得点は下位の576得点。中心打者以外の層の厚さの差が表れたかたちだ。なお、この年はかなり飛ぶボールが使用されたようで、打者優位なシーズンとなっている。このようなシーズンでは打順のまわりが良くなり、各選手の打席数が増え、それに伴い規定打席到達者が増える。この年も38名と多くの打者が規定をクリアした。多くの打者が好成績を残すためレギュラーが交代しにくいという事情も要因となっているかもしれない。11位以下の打撃成績も例年に比べかなり高い。この傾向はこの翌年にピークを迎える。
注目の選手は西武の山崎裕之である。337打席と規定には達しなかったが、wOBAで3位のレロン・リー(ロッテ)にわずか7毛差と迫る.412をマーク。このシーズンは本塁打が飛び交う年であったにもかかわらず、長打力を武器としない山崎がこれほどの数字を残したのは驚きである。この年、初年度の西武は田淵幸一・山崎らのベテランを獲得している。黄金時代の始まりに当たる1982-83年頃の優勝は彼らの力によるところが大きかった。
1979年のセ・リーグ
チーム 試合 勝率 得点 失点 得失点
広島 130 .573 601 523 78
横浜大洋 130 .522 595 562 33
中日 130 .509 589 566 23
阪神 130 .504 559 602 -43
読売 130 .483 554 549 5
ヤクルト 130 .410 550 646 -96
前年から続く江川事件をこの年のトピックとして想起するオールドファンも多いかもしれない。
この年は掛布雅之(阪神)がwRAA51.9でついに1位を獲得。出塁・長打ともに優秀なタイプの打者であったが、この年は特に長打力の高さが光った。48本塁打で本塁打王を獲得するとともに、長打率.690と、2位を8分以上もちぎる高い傑出を見せた。wOBA(※3)もwRAAも2位以下に大差をつけている。この時期は10年以上にわたりリーグを席巻する明るい将来しか予想できなかった。
2位の山本浩二(広島)は113打点で打点王を獲得したほか、掛布に次ぐ42本塁打を記録。3位大島康徳(中日)は各項目に良好な数字が並び、wRAAで35.5を記録。wRAAでみた場合の現役最良のシーズンとなった。159安打で最多安打を獲得しているほか、33本で最多二塁打をマークした。4位には依然として王貞治(読売)の名前がある。現役引退1年前にして出塁率が.419で1位。これで18年連続の最高出塁率というのは驚くしかあるまい。
投手力の差で各球団の勝敗はそれなりに差が開いたが、攻撃力は歴代で見てもかなり拮抗したシーズンとなった。ベスト10入りを3名以上出した球団も、1名もいなかった球団もなく、各チームに強打者が最も散ったかたちだ。チーム総得点を見ても、前年に強力打線を誇った広島が落ちて横並びになりつつある。
ベスト10圏外での注目選手は首位打者のフェリックス・ミヤーン(横浜大洋)。1974年の日米野球にニューヨーク・メッツの一員として来日。78年にそのメッツから大洋へ入団し、この年は2年目のシーズンであった。36歳と高齢のこともあり、98試合の出場にとどまったが、この36歳での首位打者は現在も残る最高齢記録である。思ったより最高齢記録が若いのに驚かれるかもしれない。また、セ・リーグ初の外国人枠の打者による首位打者で、大洋球団としても初の首位打者であった。そして初めてwRAAベスト10から外れた首位打者でもある。
また、この年は高橋慶彦(広島)が日本記録である33試合連続安打を記録したが、wRAAランキングでは24位にとどまっている。これ以前は打者の目標は高打率を残すことで、3割打者と強打者がほぼ同義のように扱われていた。だがこの頃には多くの打者の打撃スタイルがより長打を狙う方向へ変化したことで、強打者の概念が変わってきていたようだ。ミヤーンと高橋がベスト10から外れたことは、この変化の象徴的な例といえる。
(※1)wRAA:リーグ平均レベル(0)の打者が同じ打席をこなした場合に比べ、その打者がどれだけチームの得点を増やしたかを推定する指標。優れた成績で多くの打席をこなすことで値は大きくなる。
(※2)勝利換算:得点の単位で表されているwRAAをセイバーメトリクスの手法で勝利の単位に換算したもの。1勝に必要な得点数は、10×√(両チームのイニングあたりの得点)で求められる。
(※3)wOBA(weighted On-Base Average):1打席あたりの打撃貢献を総合的に評価する指標。
(※4)平均比:リーグ平均に比べwOBAがどれだけ優れているか、比で表したもの。
DELTA・道作
DELTA(@Deltagraphs)http://deltagraphs.co.jp/
2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。書籍『プロ野球を統計学と客観分析で考える デルタ・ベースボール・リポート1~3』(水曜社刊)、電子書籍『セイバーメトリクス・マガジン1・2』(DELTA刊)、メールマガジン『1.02 Weekly Report』などを通じ野球界への提言を行っている。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する『1.02 Essence of Baseball』(https://1point02.jp/)も運営する。
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