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元木大介、ドラフト1位の肖像#3――一軍に生き残るためのスタイル変換「好き勝手書いた人たちを見返してやろうと」

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。

2017/10/12

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ハワイでの厳しい生活

 福岡ダイエーホークスの1位指名を断った元木大介は、翌年のドラフト会議まで日本を離れることにした。
 
 元木の家の周りには報道陣が詰めかけ、身動きが取れなくなっていたのだ。
「家族に迷惑掛けちゃいけないって思ったんですよ。自分が動くと、何かしら週刊誌や新聞が追ってくる。良いことを一切書いてくれない。今も不思議でしょうがないんだけれど、(関係者から)ハワイ行くかって言われたとき、普通は、行ったこともないんだから、“どこ”って聞き返すよね。でも俺、二つ返事だった」
 
 そして、元木はワイキキから車で約1時間ほどの場所にあるカイルアという街でホームステイすることになった。教師である家主は元木のために庭に6畳ほどのプレハブ小屋を建てていた。しかし、1ヶ月約5万円の滞在費には食費は含まれていなかったという。
 
「昼間は弁当屋さんがあってそこで買っていた。白いプラスティックで蓋がついているような弁当。ロコモコって言うのかな。骨付きカルビみたいな薄っぺらい肉が入っている。英語は分からないから、ディスワン、ディスワンって指で指して。それを部屋で食べるのが幸せだった」
 
 問題は夜だった。
「(家主は)学校の先生だから子どものパーティとかで家に誰もいないことも多かった。辺りは街灯も何にもない。(治安が悪くて)怖いイメージがあったから、夜は歩けない。何か食べようと思って、冷蔵庫を開けても何が書いてあるのか分からない。昼間にカップヌードルを買いだめしておいて、それを食べてた」
 
 カップヌードルは冷蔵庫の上に置いていた。
「赤い蟻が冷蔵庫の上まで登って行って、カップヌードルの(包装の)ビニールを破って中に入っていくの。その赤い蟻っていうのはすごくて、(床で)ストレッチとかしていると、イテって。そうしたらプクって腫れてくる。もう怖くてね」
 
 3ヶ月に一度、ビザの書き換えのために日本に戻らなくてはならなかった。元木は日本に戻るとまっ先に薬局へ走り、蟻を退治する薬品を手に入れた。
 
「それを置いておくと蟻が来なくなった。効いた、効いたって。赤蟻を退治したぜって思った。なんでこんなんやっているんだろうって。泣いたことが沢山あった」
 
 当初はハワイ大学の野球部の練習に参加する予定になっていた。しかし元木は大学に入学するつもりはなく、選手としての登録が出来ない。
 
「結局、関係ない奴を使う必要はないんですよ。だから練習だけ。試合は1回も出してくれなかったから、俺、それだったらやんなくていいよって」
 
 その後、地元の野球チームに入ることになった。
「20歳後半から30代の人が集まっていたチーム。英語は喋れないけど、みんな優しくしてくれた。草野球のおっさんたちだけれど一生懸命やっている人だった。最初はショートをやっていたんだけれど、レベルが低い。これじゃ駄目だなと思って、肩が弱くならないようにピッチャーをやるようになった」
 
 そんな環境で自分の能力が錆び付いていくことが怖くなかったかと、ぼくが言うと元木は首を振った。
「最初はそんなこと考える余裕なかったもん。人のいないところで野球が出来るだけで幸せだった」
 
 そして11月24日、元木は2度目のドラフト会議で読売ジャイアンツから1位指名された。
「まあ、嬉しかったね。あー入れるんだって思って。本当にほっとした。もうこの生活をしなくていいんだ、堂々と出来るんだって」
 
 しかし、試練は終わっていなかった――。

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