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クロマティ監督の采配以前の根本的な問題――「チーム自体がプロレベルではなかった」【『サムライ・ベアーズ』の戦い#3】

皆さんは、かつて巨人で活躍したクロマティが、アメリカの独立リーグで日本人だけのチームの指揮官として戦っていたことをご存じだろうか。そのチームは『ジャパン・サムライ・ベアーズ』と名づけられた。

2017/01/20

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阿佐智

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すぐに露呈した指導者としての経験不足

 サムライ・ベアーズから唯一日本のプロ野球・NPB入りを果たした上野啓輔はこう言う。

「クロマティは映像でしか見たことなかったんです。名前は知っていましたけど、正直その程度でした」

 チーム最年少だった上野は1986年生まれ。彼にはウォーレン・クロマティの現役時代の記憶はない。

「アメリカに行く前に親戚に話したんですよ。『クロマティのチームに行くんだ』って。その反応見て、すごい人だったんだって思いましたね。でも、実際に一緒にやってみてすぐに分かりました。『この人はやばい』って」

 19歳の少年の目にも、指揮官が客寄せパンダに過ぎないことはすぐに理解できた。現役時代、指導者となる研鑽を積んでこなかったツケは、すぐに露呈した。

「試合中に暴言を吐くし、選手に対してもリスペクトがなかった。チームも弱かったし…監督があんな感じだったんで、チームとして機能していませんでしたね。クロマティとプレーして楽しかった? 全然ないですね」

 大学でドロップアウトしてしまったものの、それまでは確実にドラフト候補だったという上野は、すぐに意識を切り替えた。勝ちたい、上のレベルに行きたい、という明確な目標をもつことで、指揮官から目を背けたのだ。

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