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的場寛一、ドラフト1位の肖像#4――「ぼくは出過ぎた杭になれなかった。実力がなかった」

1999年ドラフト1位(逆指名)で阪神タイガースに入団した的場寛一は、将来を嘱望される期待の大型遊撃手だった。しかしプロ入りの野球人生は試練の連続だった。(2016年12月4日配信分、再掲載)

2020/04/14

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田崎健太

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「ドラフト1位という、いい経験をさせてもらった」

 2012年、的場は社会人選手として現役を引退。一般社員としてトヨタ自動車の運動部の運営に携わることになった。その後、2014年7月から「アンダーアーマー」を扱う「ドーム」に転職している。
 
 きっかけは阪神タイガースの後輩、喜田剛だった。喜田は阪神、広島、オリックス、ベイスターズと移籍した後、ドームに入社していたのだ。
 
「ぼくが丁度、山ほど仕事を抱えて、うわーっ、しんどいなと思っていたときでした。喜田はアンダーアーマーベースボールハウスというところで子どもに野球を教えていた。それで様子を見に行くと、ああ楽しそうなやと。やっぱり野球にお世話になってきたので、なんか還元できたらええんちゃうかとずっと思っていたんですよね。加えて、トヨタ自動車はもう完成された会社。ドームというこれから伸びていく企業にも興味があった。それで入社試験を受けました」
 
 神奈川県川崎市にある、アンダーアーマーベースボールハウスの店長を経て、現在は直営店を管轄する「エリアマネージャー」として働いている。
 
「エリアマネージャーというのは簡単に言えば店長のサポート役。困ったことがあれば手をさしのべる。直営店は都内だと原宿、そして川崎、札幌、心斎橋、福岡、名古屋にあります。週の半分ぐらいは出張で店舗回りしています」
 
 大阪の心斎橋店でイベントの手伝いをしていたとき、客から元阪神タイガースの的場だと気がつかれたことがある。
 
「まさかここで会えると思わなかったと言われて。靴のイベントだったんです。ぼくもこれ履いていていいですよと薦めたら、的場さんが言うならば買うわって言ってくださったんです。その瞬間、嬉しかったなぁ」
 
 そう言うと、ぱっと輝くような笑顔になった。
 
 最後にこう尋ねてみた。
 
 阪神タイガースのような人気球団に逆指名1位で入ったことを後悔していないか。もしプレッシャーの緩い他の球団に入っていれば、選手として成功していたと考えことはないか――
 
 的場はぼくの問いに首を強く振った。
 
「それはたら、れば、でしょ。ドラフト1位という、いい経験をさせてもらったと思っています。精神的には動じなくなった。出る杭は打たれるけど、出過ぎた杭は打たれないって言うじゃないですか。それはホンマやと思います。プロ野球というのは、出過ぎないとアカン世界なんです。でもぼくは出過ぎた杭になれなかった。実力がなかったんです」
 
 阪神タイガースのドラフト1位だったから、こうして取材してもらえるじゃないですか。的場はそう微笑んだ。
 
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