そのとき、時計の針が止まった。深沢鳳介を襲った右肘の痛み。「本当に治るのかな…」DeNA4年目右腕が明かすリハビリの日々【前編】
2025/07/14 NEW
【写真:編集部】

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“ハマの精密機械”が473日ぶりにマウンドに上がった。専修大学松戸高から横浜DeNAベイスターズに入団して4年目の深沢鳳介は右肘の手術を経て、まだ見ぬ一軍への階段を上っている。21歳の深沢は長く苦しいリハビリ期間をどう過ごしていたのか、本人が振り返る。(取材・文:石塚隆)【取材日:7月1日】
「結果を出して一軍に」深沢鳳介がマウンドに戻ってきた
まだ一軍デビューしてはいないが、ファンの誰もがその躍動を待ちわびる、魅惑のサイドスロー――。
横浜DeNAベイスターズの4年目の右腕・深沢鳳介がトミー・ジョン(TJ)手術を経て、ついにマウンドに帰ってきた。
6月12日のイースタン・リーグのロッテ戦(横須賀スタジアム)で深沢は、1年3カ月ぶりに実戦のマウンドに上がった。ファンの歓声、土の匂い、見上げる空の高さ。そしてブルペンやベンチから見送ってくれた、たくさんの仲間たち。深沢はいるべき場所に戻ってきたのだと実感をした。
「とにかく投げられたことが嬉しかったです。そして怪我なくマウンドを降りられることができてよかったなって」
深沢は噛みしめるように、それでいてどこか柔らかな表情で語った。
復帰戦では6回から1イニング投げ、打者7人に対し2安打1三振1四球。2失点してしまったが、始動としてはまずまずの内容だった。
「投げてみて、思ったよりも変わっていないというか、もちろん変わったところはあるんですけど、思い通りに投げられた感覚がありました」
久しぶりの実戦であり、高強度のピッチング。懸念していた投球後の肘の張りはどうだったのだろうか。
「昔よりは“投げ張り”が強くなったのですが、それは肘というよりも肩とか身体全体でと感じました。そういう意味では、全身が使えているのかなと思っています」
その後、深沢はJFE東日本や大学日本代表との練習試合などで登板を重ね、身体と心と向き合い、まだ経験したことのない一軍登板へ向けて準備をつづけている。
「投げるたびに、ボール自体はよくなっているのを感じていますが、配球などそういった面を考えると、まだ試合勘という面では戻ってきていない。復帰1試合目は喜びという感情が強く湧きましたが、試合を重ねて行く度に、何て言うんですかね、まだ内容を求められる時期ではないとわかっているのですが、結果を出して一軍に上がって活躍しなければいけない、という思いが強くなっています」
言葉に力がこもる。急ぐことはないとは思うが、深沢のなかの時計の針は、あの日以来、止まったままだ。
勝負の年に生じた違和感。それでも投げたいという気持ちが上回った
3年目の昨シーズン、深沢は春季キャンプから好投を見せ、開幕先発ローテーション入りが期待されていた。首脳陣からの評価も高く、本人もそのつもりで気持ちを高めて腕を振っていた。深沢は、当時を振り返る。
「勝負の年というか、絶対に開幕ローテに入ることを目指して投げていました。絶対にやってやるぞって」
しかし好事魔多し。2月25日の楽天とのオープン戦、登板予定だった深沢は、試合前にブルペンで投球練習をしていたが、そこで右肘に違和感をもった。なにか身体の中で“ブチッ”という音が聞こえたような気がした。
「少し痛みがあったのですが、試合も間もなく始まりますし、自分の立場上、投げたいという気持ちが強かったのでトレーナーさんに処置してもらい、試合に挑みました」
だが試合では、投げるたびに肘の痛みが増していった。深沢は3イニング投げる予定だったが、2イニングでマウンドを降りることになってしまった。
「最後は痛くて投げらない。腕が振れないという感じでした。正直、これはまずいなって思いましたね……」
せっかく掴みかけていたチャンスが、痛みとともに指の間からこぼれ落ちていく。
リハビリが始まる「これ本当に治るのかなって……」
診断の結果は、右肘内側側副靱帯断裂。この1年に懸けていただけに、人生で一番ともいえる悔しさが胸に去来した。だが、深沢に悩んでいる暇はなかった。靱帯損傷であれば保存治療も考えたが、深沢の場合は断裂しており、オペをしなければ復帰は見込めなかった。このタイミングならば順調にいけば来シーズン後半にはマウンドに立つことができる。決断に迷いはなかった。
そして3月19日、深沢がTJ手術をしたことが球団から発表された。通常、手術では手首のあたりにある長掌筋を移植するが、深沢の場合はそれだけでは腱の長さが足りず、膝の裏にある膝蓋腱の一部も利用した。そのおかげで術後しばらくは、膝まわりにも痛みがあった。
我慢強さが求められるリハビリが始まった。TJ術後すぐは自分の腕じゃないような違和感があると言われているが、深沢はそこまで極端な感覚はなかったという。
「もちろん曲げ伸ばしは思うようにはできないのですが、感覚はしっかりありました。ただ、僕の場合は最初から長らくの間、痛みがつづいたんです。最初はネットスローしても痛くてしょうがなかったし、これ本当に治るのかなって……。痛みとの戦いというか、完全に違和感が抜けたのは、今年のキャンプインぐらいだったんです」
痛みと寄り添いながらのリハビリの日々。チームでは先輩の東克樹や平良拳太郎がTJ手術を経験しているが、当然、彼らからもアドバイスをもらった。
「東さんや平良さんからは…」「石田健大さんとは…」先輩・コーチ陣からの言葉が身に染みる
「東さんや平良さんからは肘を気にしすぎると後々、肩とかにトラブルが出るから、トレーニングを怠らないようにと言われました。また膝の痛みがなくなってからは、入団したときからのテーマである下半身も強くなるようにコツコツとトレーニングしてきました」
下を向かず自分が今やれることをやる。気分が落ち込みそうになったときは、トレーナーをはじめ、多くの人が支えてくれた。ファームやリハビリ組にいた先輩たちが深沢によく声をかけてくれたという。
「皆さん『肘の状態はどう?』って気にかけてくれました。ありがたかったですね。とくにリハビリ組で一緒だった石田健大さんとは、よくキャッチボールをやらせてもらって、どうやったら痛みが出ない投げ方ができるのとか、いろいろとお話ししてもらって本当に感謝しています」
もちろん、ファームで指導する入来祐作コーチと加賀繁コーチの存在も欠かせない。
「加賀コーチは昨年のキャッチボールの地点から寄り添って頂きいろいろアドバイスもらいました。入来コーチは投球をするようになってから、怪我をする前のピッチングや、現在の状況を照らし合わせて指導してもらっています。よくおっしゃっていたのが、やっぱり怪我をするとビビっちゃうというか、無意識に腕が振れなくなってしまうよ、と。だから、しっかりと強く振ることを意識するように言われています」
長く苦しいリハビリ期間だからこそ、普段だったら感じることができない人の温かみが身に染みた。そんな深沢の一番のモチベーションとなっていたのが、ドラフト同期で同級生、公私ともに仲が良く、互いにライバルと認めている小園健太の存在である。最も意識している存在が、深沢のハートを刺激した。
(取材・文:石塚隆)
【後編に続く】
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【了】