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「一度死んだ身」から完全復活へ。新生ドラゴンズに欠かせない存在となった上林誠知は“勝ち方”を知っている

2025/06/13 NEW

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産経新聞社



(左から)中日ドラゴンズ・上林誠知、井上一樹監督

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 3連敗から5連勝とV字回復した中日ドラゴンズ。その原動力が、福岡ソフトバンクホークスを戦力外となり、「一度死んだ身」と語った上林誠知だ。新天地で復活を果たし、勝負強い打撃と常勝軍団で培った「勝ち方」で、今や竜に欠かせない存在となった。今回は、岡林との「Wバヤシコンビ」で躍動する男の復活に迫る。(文・チャッピー加藤)

 
 3連敗から5連勝―――今季のドラゴンズは、崖っぷちに追い込まれるとなぜか強い。ドラゴンズの交流戦成績は芳しくなく、過去10シーズンで勝ち越したのは2021年だけ。しかも、ここ3年間は11位・9位・11位と下位に沈んでいる。今季もソフトバンクに敵地で3タテを喫し、借金が今季最多タイの「6」に膨れ上がったときは「ああ、今年もか」と思った。
 

 
 ところが、だ。名古屋に帰って千葉ロッテマリーンズを3タテ、福岡で負った借金を帳消しにすると、返す刀で東北楽天ゴールデンイーグルスに敵地で2連勝。ドン底のときにパ・リーグの下位2チームと当たった運の良さもあったとはいえ、今季初の5連勝で借金は「1」に減り、上位の背中も見えてきた。私は福岡に遠征して、屈辱的な3連敗をすべて生観戦。うなだれて帰って来たけれど、その後のみごとなV字回復で“竜”飲が下がった。今季のドラゴンズは簡単に死なないのだ。
 
 投打がしっかり噛み合ったことも5連勝の要因だけれど、打のほうで言うと、その牽引役となったのが岡林勇希・上林誠知の「Wバヤシコンビ」だ。岡林はこの5試合で3度もマルチヒット(複数安打)を記録。一方、上林も2ホーマーを放ち、6月11日の楽天戦ではなんと1試合4安打をマークした。
 

象徴的だった6月10日・楽天戦

 
 象徴的だったのは6月10日、山形で行われた楽天戦だ。ドラゴンズはカイル・マラー、楽天はミゲル・ヤフーレが先発。投手戦の展開となり、6回に楽天が村林一輝のソロアーチで1点を先制。だが、今季のドラゴンズは取られたら取り返す。直後の7回、2死一、三塁のチャンスで岡林が同点タイムリーを放つと、田中幹也の四球を挟み、上林の右方向への強い当たりを一塁手・浅村栄斗が捕れず2者が生還。これが“決勝打”になった。記録上は浅村のエラーになったが、強襲ヒットにしてあげたい一打で、ともかくチャンスにランナーを2人返したことが重要なのだ。
 
 今季、井上監督はゴールデンウィークから「1番・岡林、3番・上林」で打順を固定。岡林がチャンスメイクして、上林が返す形ができた。5月下旬から一時的に「1番・上林、3番・岡林」と打順を入れ替えたが、ソフトバンクに3連敗した後、ロッテ戦から元の打順に戻すと5連勝。やはりこの並びがしっくり来るし、これまで孤軍奮闘の感があった岡林も、今季は後ろに上林という頼れるバッターがいることで変に気負わず、ノビノビと打っているような印象を受ける。「3番・上林」の効果は大きい。
 
 上林は2013年、ドラフト4位で仙台育英高からソフトバンクに入団。走攻守3拍子揃ったプレースタイルで、高卒4年目の2017年から外野のレギュラーをつかむと、2018年には全試合に出場して22本塁打を記録。最強軍団の中軸を担った選手である。しかし、翌2019年に右手薬指を剥離骨折してからはケガに泣かされ、2022年には練習中に右アキレス腱を断裂。医師からは「完治まで2、3年かかる」と言われた重傷で、手術も受けた。以降は打撃も精彩を欠き、2023年オフ、ついに戦力外通告を受ける。まさに天国から地獄である。
 
 だが、ケガが癒え体調さえ万全であれば、そのポテンシャルの高さは球界の誰もが認めるところ。すぐに複数の球団からオファーが届いたそうだ。その中で、真っ先に声を掛けてくれたドラゴンズを選んだ上林。幸い、ソフトバンク時代に背負った愛着のある番号「51」も空いていた(上林はイチローを敬愛)。2年前のオフに行われた入団会見で、彼はこう語った。
 

「一度死んだ身だと思っている」新天地での再スタート

 
 「一度死んだ身だと思っている。立場的に自分はルーキー」
「野球ができることの喜びを感じてプレーしたい。必死で、全力で、チームのために頑張りたい」
 
 しかし移籍1年目の昨季は、春季キャンプ中に右脇腹を痛めたことも響き、出場は46試合にとどまった。打率.191、1本塁打、3打点と不本意な成績に終わり、背水の陣で臨んだ今季。ファームでも気持ちを切らさず、完全復活を目指して練習に励む上林の姿をちゃんと見ていたのが、昨季の二軍監督・井上一樹である。好き嫌いでなく、野球に取り組むひたむきな姿勢を重視する井上監督が一軍指揮官に昇格したことは、上林にとって幸運だった。
 
 さらにもう1つ幸運だったのが、ソフトバンク時代の大先輩・松中信彦氏が今季からドラゴンズの打撃統括コーチに就任したことだ。上林は、松中コーチと二人三脚で練習に取り組み、本来の打撃の型を取り戻していった。平成唯一の三冠王が直接アドバイスしてくれるのだから、こんなに心強いことはない。松中コーチにとっても新人の頃から見てきた後輩だけに、完全復活を手助けしたい思いは強いだろう。ナイスな巡り合わせだ。
 
 春季キャンプ中に上林が言われたことは「とにかく強く振る」こと。速球に押し込まれてしまうバッターが多いドラゴンズ打線において、上林は右方向に強い打球を打ち返せる貴重な存在だ。今季は開幕前に、かつての感覚を少しずつ取り戻せた実感があったと語っており、オープン戦では12球団トップタイの3本塁打をマークした。
 
 開幕戦こそ、対戦相手・横浜DeNAベイスターズの開幕投手が左の東克樹だったためスタメンを外れたが、開幕2・3戦目は3番で先発出場。出ればたびたび勝負強さを発揮し、勝利に貢献しているのは、ソフトバンク時代に培った大舞台での経験値がモノを言っている。
 
 しかし、今季、私が球場で観た中でいちばん印象に残った上林のプレーは、実はバッティングではない。
 

「絶対に勝つ!」という意識がにじみ出たプレー

 
 4月1日、バンテリンドームナゴヤで行われた巨人戦で見せた「神走塁」だ。
 
 同点で迎えた7回、先頭の中田翔が二塁打で出塁すると、上林は代走として出場。ここで村松開人が送りバントを試みたが、あいにく打球は投手・井上温大の前に強く転がってしまう。井上はすかさず三塁へ送球。完全にアウトのタイミングだったが、上林はヘッドスライディングで突っ込むと同時に、タッチをかいくぐって右手をサッと引っ込め、左手でベースに触れた。判定はセーフ。巨人側からリクエストがあったが、覆らなかった。
 
 こういう細かい技は、普段からそういうシーンを想定して練習をしていないととっさにできるものではない。日頃からそういう練習をやっているのがソフトバンクであり「絶対に勝つ!」という意識がにじみ出たプレーだ。「さすがは元常勝軍団」と私は唸った。直後、上林は木下拓哉のスクイズで決勝のホームを踏み、ドラゴンズに今季ホーム初勝利をプレゼントしたのである。
 
 目端の利く井上監督が、こういう使える選手をいつまでも控えに置いておくわけがない。レギュラーの座をつかんだ上林は、6月12日の試合終了時点で、全60試合中59試合に出場。打率.276は、岡林(.294)に次いでチーム2位。9本塁打、24打点はいずれもチームトップの数字である。今やドラゴンズに欠かせない選手であり、上林がいなければ、細川成也が離脱した時点で「今季終了」だったかもしれない。
 
 「上林様」とつい手を合わせたくなるほどだ。
 

ドラゴンズに欠けている「勝ち方」を知っている

 
 また今季のドラゴンズがたびたび粘り強さを発揮し、劣勢でも簡単に土俵を割らなくなったのも、上林がレギュラーに定着した効果じゃないかと私は思っている。彼は「勝ち方」を知っているからだ。そして、勝つためには何をすべきかもホークス時代に先輩たちから叩き込まれてきた。長く低迷が続くドラゴンズに、いちばん欠けている部分だ。
 
 今季の交流戦、最初のカード・ソフトバンク3連戦は上林にとって「古巣との対戦」でもあった。上林が打席に立つたびに、ホークスファンから温かい声援や拍手が起こるのを見て、彼の功績の大きさを改めて実感した次第。
 
 続く楽天戦は、母校・仙台育英高のすぐそばにある楽天モバイルパークで開催され、次の埼玉西武ライオンズ戦は、故郷・埼玉に錦を飾る絶好の機会だ。こういう日程も不思議な巡り合わせだなと思うし、上林にはもう期待しかない。
 
 井上監督は、上林についてこう語っている。
 
 「レギュラーを狙うところから、ここまで来た。ちょっとくらい打てないときがあったとしても、上林を簡単に外す選択肢はもうない」
 
 先日発表があったオールスターゲームのファン投票で上林は、外野手部門で同僚の岡林に約2万票の差をつけ選出圏内の3位に入った。かつて「モンスター」と呼ばれた男は、8月1日に30歳の誕生日を迎える。野球人生はまだまだ長い。上林が本当の輝きを見せるのは、新天地で生まれ変わった「これから」だ。

 
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【了】



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