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田中瑛斗の夢は始まったばかり。七夕の夜に掴んだプロ初勝利【えのきどいちろうのファイターズチャンネル#177】

7月7日、田中瑛斗がプロ初勝利を挙げた。崖っぷちの状況で訪れた、支配下登録から一軍での先発という千載一遇のチャンス。田中は6回1失点の好投で見事、期待に応えた。

2022/07/10

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試練続きのプロ野球人生

 田中瑛斗について書きたい。もちろん7日、七夕の夜、ロッテ12回戦で挙げたプロ初勝利をめぐる物語だ。6回1失点、被安打4のナイスピッチングだった。四死球4は反省材料だが、走者を出してもゲッツーで切り抜ける落ち着きがあった。球数がまた七夕に合わせたかのように77球なのだ。どう考えてもベースボールドリームだ。天の配剤を感じる。野球の神様って実在するんじゃないか。
 
 田中瑛斗は大分県中津市出身、22歳の投手だ。17年ドラフト3位、大いに期待された高卒ルーキーだった。が、その後、地獄を味わう。2年目のシーズン、イースタンで0勝11敗(防御率5.85)を記録し話題になった。3年目は右肘の故障(7月に手術)で棒に振る。4年目には戦力外通告を受け、育成選手に落とされる。そこまでのトータルは1軍成績1敗、2軍0勝16敗。さすがにちょっときびしいものがあった。
 
 そして5年目が今年だ。田中瑛斗の2022年シーズンは1月末のコロナ陽性判定からスタートする。症状はなかったが、隔離期間を経ねばならず、キャンプに出遅れる。焦りがつのった。今年やらなかったら後がないのだ。
 
 新シーズンが始まっても評判は芳しくなかった。2軍暮らしが問題なのではない。2軍で勝てないのだ。戸田で大量失点したらしいと聞いていた。
 
 そんな5月17日、梅雨のはしり、小雨の降る鎌ケ谷スタジアムだった。今季は応援仲間と「鎌スタ野球部」という秘密結社(?)を組織していた。鎌スタには「平日限定B指定席回数券」というのがあって、10枚つづりで7,000円(20枚つづりは13,000円、30枚つづりは16,500円)なのだ。これを3人で共同購入して「3枚3枚4枚」で分け合う。4枚は僕なので、ワリカンは僕が千円多い。
 
 試合が始まったら止むだろうとタカを括っていたが、小雨は降り続いた。「鎌スタ野球部」全員、雨ガッパ姿の応援だ。ヌニエスが鎌ケ谷にいた。ヤクルトの4番は内川聖一だ。
 

勝ち運に恵まれなくても、腐らずコツコツと

 この日、雨のなか、リリーフに立った田中瑛斗はイースタン初勝利を飾る。育成選手の2軍勝利だ。まったくニュースにはならない。だけど「鎌スタ野球部」としては大喜びだ。ついにエイトが勝った。あり得ないくらい長い道のりだったが、ついに勝った。鎌ケ谷のヒーローインタビューは(応募者のなかから選ばれた)一般のファンが質問をぶつける。田中瑛斗は声を弾ませていた。
 
「勝つことができて嬉しいです」
 
 そうしたら鎌スタの人気者、DJチャスが「今日は大分からエイトのお父さんが来ています。お父さんよかったですねー?」。係員がマイクを持って走り、お父さんも「ありがとうございました」。僕らは雨に耐えながらの観戦だけど、いいものを見たなと思ったのだ。ヒーローインタビューの途中でお父さんにマイクが向けられ、お父さんが感謝の辞を述べるって鎌ケ谷ならではの距離感だ。もちろん僕は帰りがけ、お父さんのところに行って「おめでとうございます」と声をかけた。
 
 聞けば2軍のボス組はずっと「エイトに初勝利を!」をテーマにミーティングしていたそうだ。田中瑛斗は勝ち運に恵まれなかったが、素晴らしい人間性なのだ。結果が出せず、肘のケガまでしたら殻にに閉じこもる選手もいると思う。モチベーションを失って生活が荒れるタイプもいる。エイトはぜんぜん違った。打撃練習のときには率先して球拾いをし、また打者への声がけも欠かさない。今季、勝ち投手の権利を持ちながら、水野達稀のエラーで勝ちをフイにした試合があった。真っ先に水野に声がけしたのはエイトだった。
 
 で、こういうのはみんな見てるのだ。水野への声がけなど、一個一個の場面は直接目にしてなくても耳には入る。チーム競技だ。真面目なヤツの真面目さはみんなにわかるし、勝手なヤツの勝手さはみんなに伝わる。エイトは自分が苦しいのに他人のためになろうとしてきた。「エイトに初勝利を!」が野手のミーティングで取り上げられるわけだ。

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