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イチローが新人王&MVP、新庄剛志は4番起用も――日本人野手のメジャー挑戦を振り返る【2001年編】

2020/07/03

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 ついに7月開幕(日本時間7月24日か25日)が正式決定となったメジャーリーグ。60試合制や、ナショナル・リーグ初の指名打者(DH)制導入など、NPB同様2020年は異例のシーズンとなる。
 

 
 一方で、今年は新たに筒香嘉智、秋山翔吾、山口俊の3人がNPBから海を渡り、メジャーの舞台に挑戦。2人の野手が同時に挑戦するのは、2012年の青木宣親と川﨑宗則以来8年ぶりとなる。筒香と秋山は、日本人野手再評価の流れを作ることができるだろうか。
 
 本シリーズでは、年度別シーズンOPSランキングトップ10選手と、同年の日本人選手の成績を振り返り、時代背景とともに日本人野手のメジャーリーグ挑戦の軌跡を辿る。今回は2001年編。

2001年シーズンOPSランキングトップ10


 
 
 2001年はバリー・ボンズ(サンフランシスコ・ジャイアンツ)が、大差でランキングを制した。同年のボンズは、1998年にマーク・マグワイア(当時セントルイス・カージナルス)が樹立したシーズン70本塁打を更新する73本塁打を放ち、本塁打王、ナショナル・リーグMVPを獲得。長打率.863も歴代1位のシーズン記録となっており、ともに現在も破られていない驚異の数字となっている。
 
 2位には前年のナ・リーグ本塁打王で、2001年の打点王に輝いたサミー・ソーサ(シカゴ・カブス)がランクインした。ソーサは、1998年にマグワイアとの熾烈な本塁打王争いを繰り広げ、惜しくもタイトルは逃したが、キャリアハイとなる66本塁打を記録。これに次ぐ64本塁打を放つも、2年連続の本塁打王獲得とはならなかった。
 
 3位にはジェイソン・ジアンビ(オークランド・アスレチックス)、ルイス・ゴンザレス(アリゾナ・ダイヤモンドバックス)、トッド・ヘルトン(コロラド・ロッキーズ)と続く。
 
 6位はロッキーズのラリー・ウォーカー。打率.350で同年のナ・リーグ首位打者に輝き、地区最下位に沈んだチームで輝きを放った。ウォーカーが背負った背番号「33」は、現在ロッキーズの永久欠番となっている。
 
 7位からランス・バークマン(ヒューストン・アストロズ)、ジム・トーミ(クリーブランド・インディアンス)、チッパージョーンズ(アトランタ・ブレーブス)の順に続き、10位には前年オフにシアトル・マリナーズからテキサス・レンジャーズへFA移籍したアレックス・ロドリゲスが入った。ロドリゲスは、52本塁打で同年のアメリカン・リーグ本塁打王を獲得。ハンク・アーロン賞にも輝き、地区最下位のチームで異彩を放った。

2人の日本人選手が、野手として初のメジャーデビュー

 1964年に日本人初のメジャーリーガーとなった村上雅則、1995年に30年ぶりの日本人メジャーリーガーとなった野茂英雄をはじめ、10人の日本人投手がメジャーデビューを果たしていたが、これまで日本人野手の存在はなかった。2001年はその歴史が変わった年でもある。
 
 同年は、2人の日本人野手がメジャーデビューを飾った。1人はニューヨーク・メッツに入団した新庄剛志。そして、もう1人がマリナーズに入団したイチローだ。
 
 新庄は、阪神タイガースからFA移籍でメッツに入団。NPBではベストナインを2回、ゴールデングラブ賞を7回獲得した。打撃タイトルの受賞歴はないが、敬遠球に飛びつきサヨナラ打を放つなど、記憶に残るプレーで多くのファンを魅了した。
 
 MLBでは開幕戦で代走としてメジャー初出場を飾り、同試合で初安打も放った。本拠地開幕戦ではスタメン出場し、初本塁打を記録。その活躍からレギュラー格へと這い上がっていった。
 
 活躍を続けていた新庄だったが、6月に故障者リスト入り。復帰後は持ち味の守備をはじめ、首脳陣からは勝負強い打撃も評価され、クリーンアップを任される試合も増加した。プレーオフ争いを繰り広げたシーズン最終盤には、4番としても起用され、チームの中核を担った。
 
 最終的に規定打席には到達しなかったものの、123試合に出場し、打率.268、OPS.725、2桁10本塁打を記録。出塁率、長打率なども平均に近い数字を残した。また、守備では打撃を上回る貢献度を見せており、外野の3ポジションを満遍なく守り、12補殺を記録。上々のメジャーデビューとなった。

旋風を巻き起こしたイチロー

 そして、長いMLBの歴史に名を残すこととなった、イチローだ。
 
 イチローは、オリックス・ブルーウェーブ(現オリックス・バファローズ)から日本人選手初のポスティングシステムを行使し、マリナーズに入団。NPBでは首位打者、ベストナイン、ゴールデングラブ賞の7年連続受賞をはじめ、最多安打、最高出塁率5回、シーズンMVP3回など数々のタイトルを獲得し、日本を代表する選手として知られた。
 
 MLBでは、開幕戦で「1番・右翼」として初出場初スタメンを果たし、初安打も放った。以降は安打を量産するなどチームの主力として予想を大きく上回る活躍を見せたイチロー。ファン投票で両リーグ最多の得票数を獲得し、オールスターゲームにも選出された。
 
 後半戦序盤は不調に陥るも、すぐに復調し、132試合目にしてシーズン200安打に到達。その活躍でチームを牽引し、地区優勝に大きく貢献した。2001年のマリナーズは116勝を挙げたが、これはMLBシーズン最多タイ記録となっている。
 
 最終的に157試合に出場。打率.350、242安打、56盗塁と圧倒的な成績を叩き出し、出塁率.381、OPS.838も平均以上の数字を残した。守備面でも補殺8、守備率.997と高い貢献度を見せており、走攻守においてチームに欠かせない存在となった。同年は首位打者、盗塁王、シルバースラッガー賞、ゴールドグラブ賞を獲得。新人王、さらにはシーズンMVPに輝く大活躍を見せ、華々しいメジャーデビューを飾った。
 
 OPSランキング上位の選手とは真逆のスタイルで、マリナーズ伝説のシーズンの立役者となったイチロー。活躍はもちろんのこと、新しい風を吹き込んだという意味でもメジャーリーグに衝撃を与えたシーズンだった。
 
 
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