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【須江航×村中直人特別対談2回目】 大谷翔平のような選手を育む環境とは?

2024/01/25

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編集部



(左から)村中直人と須江航

2023年8月末、臨床心理士の村中直人先生のX(旧Twitter)での呟きがきっかけで同年12月に実現した、『<叱る依存が>がとまらない』(紀伊國屋書店刊)の著者・村中直人先生と、『仙台育英 日本一からの招待』(小社刊)の著者であり、2022年夏の甲子園優勝監督でもある須江航監督の対談。大きなテーマは、指導者はなぜ叱るのか――。第1回に続き、今回も両者から「自己決定の大切さ」が語られた。

 

自己決定できる環境づくりが大切

 
――村中先生から「冒険モード」というキーワードが挙がりましたが、指導者からやらされているだけの環境では、前向きに取り組むことは難しいと推測できます。
 
村中 須江先生の言葉に、「特定の分野に尖っている生徒が多い」とありましたが、それはものすごく大事なことです。自分が好きなことをとことん追求した先に、大谷翔平選手や藤井聡太さんのような、トップランナーが育つのだと思います。その前提として、子どもの頃から自己決定ができる環境があったからではないでしょうか。やらされるだけの環境では、その世界のトップに上り詰めるのは難しいと思います。
 
――逆に言えば、ある程度のレベルまでは到達できると。
 
村中 陸上のハードルで活躍された為末大さんがお話されていたことですが、叱る指導や厳しくやらせる指導でも、中学生までは何とか頑張れる。でも、そこから全国のトップになり、オリンピックに出場するところまで行くのは難しいと。私も同感です。本当にトップを目指すのなら、自己決定を尊重してもらえる環境が必要だと思います。
 
須江 同じようなことは、小学校、中学校の野球にも言えるかもしれません。ある程度強制的な指導を受けて、細かい戦術を徹底的に叩きこまれたほうが、その世代では結果につながりやすい。ただ、指導者からの指示を待つことに慣れてしまうと、自分で練習を組み立てる思考力がなかなか身に付いてきません。
 
――須江監督は、中学生を受け入れる側になりますが、選手の思考力もかなり観察しているそうですね。
 
須江 仙台育英では、自分の現在地を客観的に捉え、何をするべきかを判断できる思考力を求めています。その土台が育まれている環境なのか、意識的によく見るようにしています。
 
村中 じつは、自分で考えて自分で判断することが、もっとも“厳しい指導”と言えますよね。叱られながらも、指導者の指示に従うスタイルのほうが、やるべきことが明確になるので迷わなくていい。ただし、その教えだけでは、本当に優れたアスリートは育たないと言えます。
 

 

「冒険モード」に唯一存在するオフスイッチ

 
――興味関心があることに突き進もうとすると、「好きなことにしか取り組まない」となりそうな気もするのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
 
村中 たとえば、ロールプレイングゲームでお姫様を助けたいというミッションがあるとすれば、地道にレベルを上げて、戦えるために武器を手に入れて、ミッション達成のために試行錯誤していくはずです。スポーツの世界でも同じであって、「冒険モード」に入った選手は、目標を叶えるために自ら高みを目指していきます。その過程の中で、苦手なことに取り組む必要性もきっと出てくるはずです。
 
――なるほど。「メジャーリーグで活躍したいから、英語を学ぶ」という考えにつながりますね。
 
村中 競技かるたを描いた漫画『ちはやふる』に、私が好きな名言があります。「好きなことを思い切りやるために、好きじゃないことも思い切りやるんだ」。
 
――心に響きますね。指導者が、「冒険モード」のスイッチを入れるとしたら、何を考えたらいいのでしょうか。
 
村中 残念ながら、「冒険モード」のスイッチは存在しません。もともと、赤ちゃんの頃を思えば、人間は好奇心の塊です。その好奇心が、育っていく環境の中ですくすくと伸びていくか、あるいは消えてしまうか。今わかっていることは、「冒険モード」のオンスイッチはないが、オフスイッチはある、ということです。種を植えた土に塩を撒いたら、芽は出てこないように、指導者や親の言葉などによってオフになってしまうわけです。
 
須江 指導者の立場から考えると、その芽を消してしまう瞬間はわかりますね。言葉やふるまいで、「今は自分の指導が悪かったな」と感じることが若い頃には多くありました。
 
――一度、「冒険モード」がオフになった子どもが、高校生になってからスイッチが入ることはあるのでしょうか。
 
村中 「リハビリ期間が必要」と語っていた教育者もいますが、ある程度の時間は必要になります。
 
須江 仙台育英の野球部に入り、1年生の最初のうちは「何をやっていいかわからない」と不安げだった選手が、うちのスタイルで自己決定できるようになったことで、こちらの予想を遥かに超えて伸びていく事例はあります。「リハビリ期間」という言葉が適切かはわかりませんが、指導者からの目を気にするところから解放して、自己決定を尊重していることが、良い方向につながっているのだと思います。
 
▼須江航
仙台育英学園高等学校教諭 硬式野球部監督
1983年4月9日生まれ、埼玉県鳩山町出身。小中学校では主将、遊撃手。仙台育英では2年秋からグラウンドマネージャーを務めた。3年時には春夏連続で記録員として甲子園に出場しセンバツは準優勝。八戸大では1、2年時はマネージャー、3、4年時は学生コーチを経験。卒業後、2006年に仙台育英秀光中等教育学校の野球部監督に就任。公式戦未勝利のチームから5年後の2010年に東北大会優勝を果たし全国大会に初出場した。2014年には全国中学校体育大会で優勝、日本一に。中学野球の指導者として実績を残し、2018年より現職。19年夏、21年春にベスト8。就任から5年後の22年夏。108年の高校野球の歴史で東北勢初の優勝を飾った。
 
▼村中直人
1977年生まれ。臨床心理士・公認心理師。
一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理事。Neurodiversity at Work株式会社代表取締役。人の神経学的な多様性に着目し、脳・神経由来の異文化相互理解の促進、および働き方、学び方の多様性が尊重される社会の実現を目指して活動。2008年から多様なニーズのある子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、「発達障害サポーター’sスクール」での支援者育成にも力を入れている。現在は企業向けに日本型ニューロダイバーシティの実践サポートを積極的に行っている。著書に『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊国屋書店)『ニューロダイバーシティの教科書――多様性尊重社会へのキーワード』(金子書房)がある。
 

書籍情報


『仙台育英 日本一からの招待』
定価:1870円(本体1700円+税)

2022年夏 東北勢初の甲子園優勝!

「青春は密」「人生は敗者復活戦」「教育者はクリエイター」「優しさは想像力」
チーム作りから育成論、指導論、教育論、過去の失敗談まで、監督自らが包み隠さず明かす!
『人と組織を育てる須江流マネジメント術』

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