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【須江航×村中直人特別対談1回目】 スポーツ現場で「叱る指導」は効果なし

2024/01/23

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編集部



(左から)村中直人と須江航

2023年8月末、臨床心理士の村中直人先生のX(旧Twitter)に次のような呟きがあった。
「今や時の人である仙台育英高校の須江航監督が、ご自身の講演会で拙著『<叱る依存>がとまらない』を引用していただいているとの情報を得ました。スポーツの世界にも新しい風がどんどん吹いてきましたね。いつか須江監督と対談できたらいいなあ。じっくりお話をお伺いしたいです」
すぐに、村中先生と須江監督に連絡を取ると、「ぜひ、お会いして、お話を伺いたいです!」と両者から快諾を得た。
2023年12月、仙台育英高校にて『<叱る依存が>がとまらない』(紀伊國屋書店刊)の著者・村中先生と、『仙台育英 日本一からの招待』(小社刊)の著者であり、2022年夏の甲子園優勝監督でもある須江監督の対談が実現した。大きなテーマは、指導者はなぜ叱るのか――。

 

叱ることは選手の成長にはつながらない

 
――「叱る」をテーマに、それぞれの立場からの考えや想いをお聞きできればと思います。須江監督は、「叱る依存」という言葉を聞いて、何を感じますか。
 
須江 正直言って、選手たちを叱る意味を年々感じなくなってきています。こちらが叱ったところで、その気持ちや言葉が選手には伝わっていないんですよね。「叱られたことで目が覚めました。ありがとうございます!」ということはまずありません。何かが大きく改善することはほぼない。昔も、叱る効果がどこまであったのかわかりませんが、今は特に効果のなさを感じます。
 
――その理由はどこにあると感じますか。
 
須江 ぼくが嫌われているのかもしれませんが(笑)、心の扉を閉ざすのが早くなっている気がします。以前は、10秒や15秒は扉が開いていた気がしますが、今は叱られたり、怒られたりしそうになると、数秒でシャッターを閉じます。だからといって、仙台育英の生徒が素直さに欠けるわけでも、人の話を聞けないわけでもないんです。
 
村中 興味深い話ですね。そもそも、私が考える「叱る」の定義は、権力を持った人間がネガティブ感情を使って、言葉で相手をコントロールすることです。そのうえで叱る意味があるのは、「現在進行形でよくない行動を取ったときに、咄嗟に止めるとき」です。
 たとえば、小さい子どもが道路に飛び出そうとしているときに、叱ることでその行動を止める。簡単に言えば、「危機回避」です。また、危険な行動を取らないように、「抑止」のために叱ることにも意味はあると考えています。ですから、私の本『<叱る依存>がとまらない』では、「絶対に叱ってはいけません」と提唱しているわけではありません。
 
――スポーツ指導の現場を見ていると、すでに終わったプレーに対して、試合中に叱っている光景を目にします。
 
村中 そのプレー自体がもう終わっていることであり、過去です。その行為に対して「叱る」というコミュニケーションに意味はないと考えたほうがいいでしょう。
 
須江 私も、夏の大会中に怒ることはまずないですね。
 
村中 「子どもたちの学びや成長を促進していくことにおいて、叱ることも怒ることもほぼ意味はない」と言うことができます。
 

――「叱ると怒るは違う。叱るは理性的で、怒るは感情的」と捉えている人もいますが、いかがでしょうか。
 
村中 それは、権力者側の論理であって、叱られる側、怒られる側にとっては、「言葉でネガティブな感情を植え付けられる」という点では同じです。
 
須江 村中先生の著書にも書いてありましたが、自分の講演会でその説明を引用させてもらっています。叱るも怒るも、同じですよね。
 

自ら選ぶことで「冒険モード」に入る

 
――さきほどの「シャッターが早く閉じる」という須江監督の話に関して、何か考えられる要因はありますか。
 
村中 人間は叱られることによって、ネガティブな感情が生まれたとき、fightかflightのモードになります。つまりは、「戦う」か「逃げる」か。シャッターが開いている間は戦っていると思いますが、閉じているということはもう逃げている。たいていの子は、「叱られているこの場を早く終わらせたい」としか思っていません。苦痛を感じないために、心を閉ざして、自らの感情にフタをしていると言ってもいいでしょう。
 
――自分の主張を口にするよりも、黙っていたほうがいいという思考ですね。
 
村中 では、その思考がどこから始まっているかとなると、義務教育における“自由度の少なさ”が密接に関わっていると推測しています。具体的に言えば、「自分で選択する機会がどんどん減っている」ということです。教員や指導者が、「この方法でこれをいつまでにやってください」と方法論と目標をセットで教えることによって、子どもたち自身が自己決定する場が失われます。そして、縛られたルールからはみ出る子どもは叱られてしまう。こうなると、子どもたちの心に残るのは「圧倒的な無力感」。自分で物事を決められず、変えることもできず、相手(権力者)の言うとおりのことをしなければ評価されない。外から見たときには、「我慢強く、先生や指導者の言うことを素直に聞く子」と見られるかもしれませんが、内面は決してそうではないのです。
 
須江 今の子どもたちは、生まれたときから自分で選ぶことに慣れている世代だと感じています。スマホがあり、YouTubeがあり、自分で見たいこと調べたことを選ぶがことができる。そうやって育ってきているので、誰かに何かをやらされることへの耐性はかなり低いと感じます。それこそ、私が子どものときは、父親にテレビ番組の決定権があり、いつも『暴れん坊将軍』や『大岡越前』が流れていた記憶があります。でも、今はそういう家庭は圧倒的に少ないはずです。
 

 
――スマホやパソコンがあれば、見たい番組を自分で選ぶことができる。
 
須江 こうした背景が関係していると思いますが、自分が興味を持っていることにはとことん追求していく生徒が多い。ひとつの分野に、“尖っている”と言えばいいでしょうか。たとえば、「興味関心があることに関して、パワーポイントでプレゼン資料を作成する」という課題を出すと、大人が驚くような素晴らしい資料を作ってきます。一方で、興味関心がないことに対しては、こちらが丁寧に説明しないと、なかなか気持ちが向いていかない傾向にあります。
 
村中 なるほど、今のお話も面白いですね。さきほどの「自由度の少ない環境」と、須江先生がお話された「選ぶことを認められてきた環境」の二極化が進んでいるのはたしかですね。
 
須江 仙台育英の場合は、練習にかなりの自由度があります。全員が同じようにやるメニューに加えて、個々の長所や短所と向き合うメニューを彼ら自身が選べる環境にしています。ただ、入学してすぐに自分に適したメニューを組み立てるのは難しいので、指導者と定期的に面談をして、「どういう方向に進めば、自分の良さが生きるか」を考える時間をしっかりと設けるようにしています。
 
村中 自分で物事を決めていこうとすると、必然的に「やりたい」「欲しい」を基準にしますよね。それは、「報酬系回路」と呼ばれる脳の部位を刺激して、人に快感情をもたらすと考えられているドーパミンが分泌されやすくなると考えられます。ドーパミンは脳の前頭前野も刺激して行動を引き起こします。私はわかりやすく、この状態を「冒険モード」と呼んでいます。「自分で決めた」「自分でしている」という感覚を持った上でワクワクしながら試行錯誤している状態ですね。
 
▼須江航
仙台育英学園高等学校教諭 硬式野球部監督
1983年4月9日生まれ、埼玉県鳩山町出身。小中学校では主将、遊撃手。仙台育英では2年秋からグラウンドマネージャーを務めた。3年時には春夏連続で記録員として甲子園に出場しセンバツは準優勝。八戸大では1、2年時はマネージャー、3、4年時は学生コーチを経験。卒業後、2006年に仙台育英秀光中等教育学校の野球部監督に就任。公式戦未勝利のチームから5年後の2010年に東北大会優勝を果たし全国大会に初出場した。2014年には全国中学校体育大会で優勝、日本一に。中学野球の指導者として実績を残し、2018年より現職。19年夏、21年春にベスト8。就任から5年後の22年夏。108年の高校野球の歴史で東北勢初の優勝を飾った。
 
▼村中直人
1977年生まれ。臨床心理士・公認心理師。
一般社団法人子ども・青少年育成支援協会代表理事。Neurodiversity at Work株式会社代表取締役。人の神経学的な多様性に着目し、脳・神経由来の異文化相互理解の促進、および働き方、学び方の多様性が尊重される社会の実現を目指して活動。2008年から多様なニーズのある子どもたちが学び方を学ぶための学習支援事業「あすはな先生」の立ち上げと運営に携わり、「発達障害サポーター’sスクール」での支援者育成にも力を入れている。現在は企業向けに日本型ニューロダイバーシティの実践サポートを積極的に行っている。著書に『〈叱る依存〉がとまらない』(紀伊国屋書店)『ニューロダイバーシティの教科書――多様性尊重社会へのキーワード』(金子書房)がある。
 

書籍情報


『仙台育英 日本一からの招待』
定価:1870円(本体1700円+税)

2022年夏 東北勢初の甲子園優勝!

「青春は密」「人生は敗者復活戦」「教育者はクリエイター」「優しさは想像力」
チーム作りから育成論、指導論、教育論、過去の失敗談まで、監督自らが包み隠さず明かす!
『人と組織を育てる須江流マネジメント術』

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