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「今ならもっと評価されたはず」マイナーリーグ時代のチームメイトが語る、神様ランディ・バース

日本では神様と称されるほどの圧倒的な活躍を見せたバースだが、アメリカのマイナーでも優れた成績を残してきたことはあまり知られていない。彼とともに戦ったチームメイトは今でもバースのことをリスペクトしている。

2015/03/05

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Baltimore Orioles v Toronto Blue Jays

タイガース日本一の立役者も、アメリカでは評価されず

 今からちょうど30年前の1985年といえば、野球ファンの多くは阪神タイガースが悲願の日本一を達成した年、「阪神フィーバー」の年として記憶しているだろう。そんな阪神の優勝の立役者である掛布、岡田とともにクリーンナップを形成したのがランディ・バースだ。

 1985年には打率.350、54本塁打、134打点で三冠王を獲得するなど、”神様仏様バース様”とたたえられた抜群の勝負強さでチームを牽引。翌86年には2年連続の三冠王に加えてシーズン最高打率.389も記録、その活躍から史上最強助っ人の呼び声も高い。

 今でも日本で多くのファンに愛されるバース。しかし来日前の姿はあまり知られていない。米マイナーリーグ公式サイト『MiLB.com』はマイナーのスター選手だった当時のバースを特集し、その活躍、当時のチームメイトの声を紹介している。

Had the internet existed in its current form more than three decades ago, Randy Bass might be talked about in a completely different way.
「もし30年以上前に現在の形でインターネットが存在すれば、ランディ・バースは今とは全く違う形で語られていたかもしれない」

 日本に来る前のバースはその成績に対して、常に不当な扱いをされ続けていた。
 1972年、ドラフト7順目でミネソタ・ツインズに指名されプロでのキャリアをスタートしたバースは、プロ入りと同時にめきめきと頭角を現す。入団4年目には21歳の早さでマイナー最高ランクの3Aに昇格を果たすも、メジャーへの招待が来ることはなかった。76年までの5年間で100本塁打、OPSは最も低い年でも.833と素晴らしい成績を残していたにも関わらずだ。現代であれば超有望株として大きな期待を背負い、とっくにメジャーデビューを果たしているだろう。

 メジャー側からの冷遇に反し、チームメイトたちはバースを高く評価していた。73年にともにプレーした現ツインズのGMテリー・ライアンも以下のように当時のバースを評している。

“He was a big left-handed-hitting power hitter,” Ryan said. “He had a presence in a batter’s box, he was always a threat to hit one out and he was fun to play with. He was a tremendous guy.”
「彼は大いなる左の強打者だった」とライアンは言う。「バースには打席での存在感があった。常に本塁打を打つ驚異を感じさせたし、ともにプレーしていて楽しい選手だった。彼は素晴らしい男だ」

 77年には自己新のOPS1.016を記録し初めてメジャーに昇格するも、与えられたのはわずか19打席。そしてオフにはロイヤルズへトレードされた。「彼はツインズの次世代を担う打者だと思っていた」とこのトレードにはライアンも驚かされたようだ。

 ロイヤルズではマイナー6位の22本塁打を放ったもののメジャーで与えられた出番はたった2試合。エクスポズに放出され、迎えた翌79年もマイナーでリーグトップのOPS1.114に関わらず、同じく2試合の出場に終わった。

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shiro





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