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「バカ野郎!」野村克也監督が激怒した理由。名将に仕えたコーチが語る「参謀」の役割

野球界における参謀の存在意義 “名将の思考”と“今の時代に求められる指導者像”を記した橋上秀樹氏最新刊『常勝チームを作る、最強ミーティング』から野村克也さんとの思い出が語られる「はじめに」を発売に先駆けて公開です。

2020/05/04

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野村克也監督と過ごした日々は財産

 
 2020年2月11日、野村克也さんが亡くなられた。突然の訃報を聞いたのは、かつて野村さんも私も在籍していた、楽天が春季キャンプを張っていた沖縄県の金武町だった。あまりにも唐突に訪れた別れに、ただただ驚くしかなかったが、同時にヤクルト、阪神、楽天時代の思い出が脳裏をよぎった。
 
 野村さんから教わったことは枚挙にいとまがない。ヤクルト時代に「変わること」の大切さを学び、楽天時代にはヘッドコーチとして野村さんのそばにいたことで、『ノムラの考え』をより深く理解できた。
 
 試合後のホテルでの食事でも、野村さんとは深夜遅くまで必ず共にした。現役時代のエピソードを聞き、ワンプレーごとの考え方を学び取ることによって、野村さんが求めていたデータや効果的な作戦を、いつ、どのタイミングで提案すればいいのか、折に触れて知ることができた。これは、今でも私の大きな財産となっている。
 
 また当時はこんなこともあった。ある試合で、ノーアウト一塁という場面が訪れたとき。野村さんがベンチの中で、
 
「ここはバントだよな。そうだ送らせたいところだよな……」
 
とブツブツ言っているのを聞いて、私はバッターボックスの選手に送りバントのサインを出した。これまでも作戦面は野村さんが決断し、それを聞いた私が選手やコーチにサインを出す、というスタイルをとっていた。いつものシーンの、よくある場面。私はこのとき何の迷いもなく、そうとらえていた。
 
 図らずも、こちらの思惑どおり、送りバントは成功した。ワンアウト二塁になって、次のバッターに勝負の行方を託す……となった直後、
 
「おい、橋上!」
 
野村さんからいつもと違う、ただならぬ雰囲気の声が上がった。
 
「どうかしましたか?」と聞いたら、
 
「バカ野郎! 誰がバントのサインを出せなんて言ったんだ!」
 
怒り心頭ではないか。私はすぐさま、
 
「監督が『ここは送りバントだ』とおっしゃっていたので、私はそのとおりサインを出しただけです」
 
と答えた。すると、
 
「何だと……」
 
野村さんの怒りのボルテージは、ますますヒートアップしていく。私が呆気にとられていると、続けざまにこう言葉が返ってきた。
 
「何言ってんだ! あれはオレがボヤいただけだ! 勝手にサインなんか出すんじゃねえぞ!」
 
「ええっ!? それはないでしょう」
 
 私は内心、苦笑いしつつも、「すみませんでした」と謝った。野村さんらしいエピソードと言えばそれまでだが、「ボヤキ」を「作戦」と間違えてとらえてしまったことは、今振り返っても懐かしい思い出である。

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