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松沼博久・雅之、ドラフト外の肖像#4――松沼兄弟の運命を変えた男・江川卓

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。

2018/10/15

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怪物・江川卓

 55年5月生まれの江川は規格外の投手だった。栃木県の作新学院時代、公式戦でノーヒットノーラン9回、完全試合2回。甲子園に出場したのは、高校3年生の春と夏の2回のみ。それでも春の選抜では1試合二十奪三振などを含め、通算60奪三振という記録を残した。これは未だに破られていない。73年のドラフト会議で阪急ブレーブスから1位指名を受けたが拒否、法政大学に進学していた。
 
 法政大学は東京六大学リーグに所属するため、東都リーグの雅之との接点はなかった。怪物と称される男がどんな球を投げるのか、雅之は興味津々だった。
 
「マスコミには〝高めは江川の方が速い〟が〝低めは松沼の方が速い〟って書かれていたんです。そうかなと思っていたら、全然レベルが違う。もう躯が違う。お尻が大きい。普通の人じゃないお尻をしているんです。それで球も全く違う」
 
 神宮球場で、雅之は江川と組んで遠投をすることになった。
 
「軽くピュっと投げると(神宮の外野の両翼)端から端まで、90メートルぐらい飛んで行くんです。ぼくも負けず嫌いだから、普通の顔をして一生懸命投げているんですが、江川さんは軽く投げるだけ」
 
 江川の球を捕球する際、捕手がミットを上から押さえるように構えることに気がついた。球が浮き上がってくるような錯覚になるのだ。
 
 投手は打者より高いマウンドの上に立っている。投手の手から放たれた球は打者に向かって、緩やかに落ちていく。球が浮き上がることは、理論上はあり得ない。ただ、初速と終速の差が少なく、最後まで球速が落ちないため、捕手の目には球が浮き上がるように感じるのだ。
 

 
 江川は高校生のときはもっと速かった。大学生になって落ちたのだという話を聞いたことがあった。かつてはどれだけ速かったのだろうと目眩がしそうだった。
 
 4年生の秋季リーグで、東洋大学は2度目の優勝。大学4年間での通算勝利は歴代2位の39勝、完封15試合はこの時点での歴代最多記録である。
 
「卒業したら、兄貴のある東京ガスかなと。都市対抗野球を見に行って、人工芝が凄く綺麗だなと思ったのを覚えてますね。兄貴の敷いたレールの上に乗っていこうとしていただけなんです」
 
 二人で協力して、東京ガスを都市対抗野球で優勝させる。それが兄弟の新しい目標となった。
 しかしその後、博久が信頼を寄せていた東京ガスの江口昇監督が外れるという話を耳にする。博久は話が違うじゃないかと思わず舌打ちしたという。さらに、この年のドラフト会議直前、一人の投手を巡って、プロ野球界が大きく揺れることになった。
 
 松沼兄弟はその渦に巻きこまれることになる。
 
 

 

書籍情報

『ドラガイ』2018年10月15日発売
(著者:田崎健太/272ページ/四六判/1700円+税)
 

 
<収録選手>
CASE1 石井琢朗(88年ドラフト外)
CASE2 石毛博史(88年ドラフト外)
CASE3 亀山努 (87年ドラフト外)
CASE4 大野豊 (76年ドラフト外)
CASE5 団野村 (77年ドラフト外)
CASE6 松沼博久・雅之(78年ドラフト外)

 
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ドラガイ
 

【著者紹介】
田崎健太 たざき・けんた
1968年3月13日、京都市生まれ。ノンフィクション作家。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。スポーツを中心に人物ノンフィクションを手掛け、各メディアで幅広く活躍する。著書に『W杯に群がる男たち―巨大サッカービジネスの闇―』(新潮文庫)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社)、『維新漂流 中田宏は何を見たのか』『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』(集英社インターナショナル)、『ザ・キングファーザー』(カンゼン)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社 ミズノスポーツライター賞優秀賞)、『真説・長州力 1951-2015』『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』(集英社インターナショナル)『電通とFIFA サッカーに群がる男たち』

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