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【MLB】元DeNA・グリエル、人生の転機は日本球界挑戦「非常に厳しい決断だった」

2017/10/21

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 かつては横浜DeNAベイスターズにも所属していた、ヒューストン・アストロズのユリエスキ・グリエル内野手(33)。昨季メジャーデビューを果たしたキューバのスターは、今季は正一塁手としてレギュラー定着。133試合に出場して打率.299(529-158)、18本塁打、75打点、OPS.817と好成績をマークし、アストロズの地区優勝に貢献。
 
 ポストシーズンでは、地区シリーズで毎試合安打を放ち打率.529をマーク。リーグ優勝決定シリーズではヤンキース投手陣の前に他の打者と同様に苦戦し、成績を落としているが、第4戦では敗戦こそ喫したものの、満塁のチャンスで試合の均衡を破る走者一掃の適時二塁打を放った。
 
 そんなグリエルに米国紙「スター・トリビューン」は20日付で「アストロズ・グリエルはキューバのスターからワールドシリーズへ」と題した特集を掲載。
 
 記事では、グリエルが名選手だった父親のルルデス・グリエルの息子扱いをされることに不快感を抱いていたが、自らの実力でキューバのスターへ上り詰めたこと、数々の国際大会を経てメジャーリーグに興味を持ったこと、2006年にはコロンビアに亡命したという虚偽の報道が出回ったエピソードなどを紹介。
 
 そして、グリエルにとって最大の転機は、2014年にキューバを離れて、海外リーグであるNPBの横浜DeNAベイスターズでプレーしたことだった。国内リーグで才能の片鱗を見せ始めた弟のルルデス・ジュニアの存在、米国とキューバの関係が改善に向けて動き始めたこと、そしてキューバ以外の国で野球をプレーしたことにより、それまでは考えていなかった亡命の選択肢を浮上させたようだ。
 
 日本球界では62試合出場で打率.305、11本塁打、30打点という成績だったこともあり、本当にメジャーで活躍できるかという点については疑問符がついたが、2015年シーズンは来日せずにDeNAを退団。そして、2016年には亡命の道を選び、夢であったメジャー挑戦を果たした。
 
 当時の亡命についてグリエルは「31歳だったし、まだチャンスがあると思った。非常に厳しい決断だったけど、結果的に私たちは米国に渡る道を選んだ」と話した。
 
 そして、メジャー2年目の今季は本領発揮。正一塁手としてチームを支え、ポストシーズンでも初出場ながら好成績をマークしている。
 
 そんなグリエルについて、アストロズのA.Jヒンチ監督は以下のようにコメントを残している。
 
 「グリエルは野球が国民的に愛されているキューバのスター選手だったこともあって、彼の能力がストレスや状況によって左右されないということは、特段驚くことでもない。彼の個性が今季開花して、私たちが期待した通りに元気に着実なプレーを見せてくれたことを嬉しく思っている。」
 
 30歳を超えてから夢であった米球界挑戦の夢を叶えたグリエル。キューバのスターは、今度はワールドシリーズの舞台でプレーするという夢を叶えることはできるだろうか。今後のグリエルから目が離せない。

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