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ヤクルトの投手獲得歴に見る 成瀬善久『球団史上最大級』の期待

このオフ、「異例」とも言える大型補強で注目を集めた東京ヤクルトスワローズ。なかでもロッテから移籍の成瀬善久にかかる期待は大きい。なにしろ1993年の制度導入以来、ヤクルトが初めてFAで獲得した投手なのだ。球団史上でも、かつてこれほどの期待とともに迎えられた投手はいただろうか?

2015/02/26

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『赤鬼』マニエルを放出してまで獲った神部

 井本の移籍から溯ること4年前にも、ローテーションの一角として期待し、これまた近鉄からトレードで獲得したピッチャーがいた。2ケタ勝利4度、オールスター出場3度の実績を誇り、1975年にはノーヒットノーランも達成した神部年男だ。
 
 なにしろ球団初優勝&日本一を成し遂げた1978年のオフに、39本塁打の『赤鬼』チャーリー・マニエルを放出してまで獲ったピッチャーである(トレード自体はヤクルトから永尾泰憲、近鉄からは佐藤竹秀、寺田吉孝を加えた2対3の交換)。
 
 それだけにこのベテラン左腕に対する期待も大きかったが、36歳で開幕を迎えた初年度は6勝8敗、翌80年は3勝5敗。続く81年はシーズン途中から抑えに回ってチーム最多の10セーブを挙げたものの、翌春のキャンプでヒジを痛めてその年限りで引退した。
 
 彼らを含め、他球団で「2ケタ勝利」「オールスター出場」「タイトル獲得」などの実績を残した後にヤクルトに移籍した投手を、あらためてリストアップしてみた。これを見ると、もっとも古い例は国鉄時代の1956年に巨人から移籍してきた松田清だ。
 
 松田は1951年に23勝3敗、防御率2.01の好成績を残し、最優秀防御率、新人王といったタイトルを獲得。翌52年にかけては当時の日本記録となる20連勝をマークし、2013年に楽天の田中将大(現ヤンキース)がこれを破った際にメディアで取り上げられたのを覚えている方もいるだろう。その松田も移籍の時点では投手としての全盛期はとうに過ぎており、打撃の良さを買われて移籍1年目の途中からは野手に転向している。
 
 その後も、河村保彦、新浦壽夫、渡辺久信ら他球団でエースと呼ばれた投手を獲得したこともあったが、彼らもヤクルト入りの時点では、峠を越しているのは明白だった。
 
 成瀬は故障などもあってここ2年は2ケタ勝利を逃しているものの、年齢もまだ29歳であり、過去の実績を考えても、期待の大きさは球団史上でも『最大級』と言っていい。移籍後初の実戦登板となった2月24日の練習試合(韓国・ハンファ戦)では2回4失点という結果だったが、昨年12月の移籍会見では「2ケタ勝つのは当たり前だと思っている」と話していたとおり、本番でどこまで期待に応えてくれるのかを楽しみにしたい。
 
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