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近藤健介から背番号を継承する淺間大基。求めるのはオリジナルな「8」番像【えのきどいちろうのファイターズチャンネル#189】

長年、チームの主力打者として活躍した近藤健介のソフトバンクへのFA移籍が発表され、これまでつけていた背番号8を来シーズンから淺間大基が引き継ぐ。横浜高の先輩後輩ラインだが、淺間に求める役割は決して近藤の代わりではない。

2022/12/24

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産経新聞社



今回の継承は金子誠パターンに類似

 12月は野球ネタが枯渇する。12月1日から1月31日は契約期間外であり、選手はユニフォームを着用できない。球団施設で行っている練習はあくまで自主トレだ。選手はこのオフ期間に結婚式を挙げたり(プロ野球選手の結婚記念日は12月ばっかり)、テレビやトークショーに出たりする。コロナ禍の影響であまり聞かなくなったが、郷里の高校野球部の仲間と旧交を温めたり、地元後援会の酒席に呼ばれたりするのも12月と相場が決まっている。
 
 ファイターズの12月最大の話題は近藤健介のFA移籍だろう。ファン感や選手会総会のスケジュールが入って、ただでさえ長考だったのに輪をかけてしまった。12月のソフトバンク入団発表。ここまで引っ張るのはビミョーな雲行きだなぁと思っていたが、12月初旬に選手会役員から抜けてガクッと来た。
 
 FAが選手の権利だということはわかっている。もちろんわかっているんだけど、ホークスユニ姿の入団会見を見たらさすがに泣きそうだった。今、当コラムに近藤健介の思い出を綴っても僕もつらいだけだし、読者もゲッソリだろう。今はやめておく。そのうち書く機会もあるだろう。今はその話題じゃなしに何か明るいことを。何がいいかなぁ。
 
 と思っていたら淺間大基の背番号変更が発表になった。何と近藤健介のつけていた「8」だ。あぁ、これはドラマだなぁと思う。淺間はコメントを出すたび「近藤大師匠先輩」へのメッセージを発信し、(ま、多少は先輩いじりでもあるけれど)特別な関係性をファンにも示してきた。師弟というと大時代的に響きすぎるが、淺間が私淑していることは間違いない。近藤がファイターズを去るにあたって、背番号8は誰にも渡せなかった。
 
「尊敬する近藤先輩の背番号8を受け継ぐことになり、素直に嬉しい気持ちです。今回の背番号の打診には色々な意味が込められていると思うので、しっかり期待に応えられるように頑張ります」(淺間大基コメント)
 
 背番号8の継承という意味では片岡篤史→金子誠のパターンに似ている。片岡が1993~2001年つけていた「8」を金子が引き継いだのは、自分がチームリーダーの役割を担うという意思表示だったと思う。実は金子誠は2003~2014年の期間、ファイターズの「8」番を背負い、間の2002年が空白となっている。この空白の1年が重いと思うのだ。金子にとっては「自分がやらなきゃしょうがない」と決意する1年だった。当時、インタビューで金子がこう言ってたのを覚えている。
 
「背番号が変わるとユニフォームだけじゃなくて、ヘルメットやレガースに『30』って入ってるのを全部変えなきゃいけないんで面倒くさいんです。道具一式変えなきゃいけない。それでも片岡さんがつけていた『8』って番号を他の選手がつけるくらいだったら自分がつけようと決心しました」
 
 その「他の選手がつけるくらいだったら」のニュアンスが今回と似ているなぁと思う。「8」という背番号の重みをいちばんわかってる自分が引き継ぎますよ、という感じ。「8」番の系譜で面白いのはその金子誠の後、2015年のたった1年だけ西川遥輝が「8」をつけた(翌2016年、「7」に変更)ことだ。これは空白の2002年とともにファイターズ史を考察する興味深いポイントだ。僕は球団から押し付けられた「8」から西川が逃げたんだと思っている。それは「1シーズン、キャプテンを仰せつかりましたけど、僕はそういうタイプじゃないですよー」と、翌シーズン、誰かにキャプテンを代わってもらうようなのに似ている。「8」はファイターズのチームリーダーだ。そして、2016年以降は近藤健介がずっと「8」を背負ってきた。

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