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福留孝介がメジャー挑戦。松井稼頭央は光る活躍――日本人野手のメジャー挑戦を振り返る【2008年編】

2020/07/10

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 ついに7月23日(日本時間7月24日)開幕が決まったメジャーリーグ。60試合制や、ナショナル・リーグ初の指名打者(DH)制導入など、NPB同様2020年は異例のシーズンとなる。
 

 
 一方で、今年は新たに筒香嘉智、秋山翔吾、山口俊の3人がNPBから海を渡り、メジャーの舞台に挑戦。2人の野手が同時に挑戦するのは、2012年の青木宣親と川﨑宗則以来8年ぶりとなる。筒香と秋山は、日本人野手再評価の流れを作ることができるだろうか。
 
 本シリーズでは、年度別シーズンOPSランキングトップ10選手と、同年の日本人選手の成績を振り返り、時代背景とともに日本人野手のメジャーリーグ挑戦の軌跡を辿る。今回は2008年編。

2008年シーズンOPSランキングトップ10


 
 
 2008年は、アルバート・プホルス(セントルイス・カージナルス)が2年ぶりの1位に返り咲いた。同年のプホルスは、打撃タイトルの獲得とはならなかったが、打率.357、出塁率.462はナショナル・リーグ2位の成績。長打率.653、OPS1.114は両リーグトップの数値を誇った。
 
 2位にはアトランタ・ブレーブス一筋のチッパー・ジョーンズが入った。同年は両リーグトップの打率.364、出塁率.470をマークし、初の打撃タイトルとなるナ・リーグ首位打者を獲得。36歳を迎えたベテランが、もう一花を咲かせた。
 
 3位にはボストン・レッドソックスからシーズン途中にロサンゼルス・ドジャースへ移籍したマニー・ラミレス、4位にミルトン・ブラッドリー(テキサス・レンジャーズ)、5位にランス・バークマン(ヒューストン・アストロズ)と続いた。
 
 6位にはライアン・ラドウィック(セントルイス・カージナルス)、7位に前年1位のアレックス・ロドリゲス(ニューヨーク・ヤンキース)、8位にカルロス・クエンティン(シカゴ・ホワイトソックス)となった。
 
 同年に初のランクインを果たしたラドウィック、クエンティンはともにキャリアハイの成績を残し、シルバースラッガー賞を獲得した。
 
 9位はマーク・テシェイラ(ニューヨーク・ヤンキース)、10位はケビン・ユーキリス(ボストン・レッドソックス)という結果になった。
 
 ユーキリスは、2014年に東北楽天ゴールデンイーグルスでプレーし、そのまま引退した日本でもよく知られる選手だ。2008年は打率.312、29本塁打、115打点、出塁率.390、OPS.958をマーク。高い選球眼と勝負強い打撃で、名門・レッドソックスの打線を支えた。

福留孝介がメジャーデビュー

 2008年は、福留孝介がメジャーデビュー。シカゴ・カブスでは初の日本人選手となり、福留を先駆けに多くの日本人選手が所属することとなる。
 
 福留は、中日ドラゴンズからFA移籍でカブスに入団。NPBでは首位打者2回、最高出塁率3回など多くのタイトルを獲得し、2006年にはシーズンMVPに輝く活躍で、チームをリーグ優勝へと導いた
 
 MLBでは、「5番・右翼」として開幕スタメンを勝ち取り、初打席初安打、起死回生の同点3点本塁打を放つなど鮮烈なデビューを飾った。
 
 序盤は目覚ましい活躍を続け、ファン投票でオールスターにも選出された福留。しかし、段々と調子を落とし、9月以降は守備固めなど途中出場が続き、そのまま1年目のシーズンを終えた。
 
 最終的に150試合に出場。打率.257、10本塁打、58打点、OPS.738となった。幸先の良いスタートを切ったが、後半戦にかけて大きく失速。課題の残るシーズンとなった。

田口壮と井口資仁は2度目のワールドチャンピオンも…

 2008年のワールドシリーズでは、田口壮と井口資仁が所属するフィラデルフィア・フィリーズと、岩村明憲が所属するタンパペイ・レイズが激突。4勝1敗でフィリーズに軍配が上がり、田口、井口がともに2度目のワールドチャンピオンに輝いた。
 
 しかし、同年の両選手は成績不振に陥った。
 
 まずは、メジャー7年目を迎えた田口壮だ。
 
 前年オフにフィリーズへ移籍した田口。
開幕から途中出場が続いたが、同年は日米通算1500安打を達成した。
 
 後半戦には出場機会が減少。ポストシーズンでもわずか1試合の出場に留まり、ベンチでワールドチャンピオンの瞬間を見届けた。
 
 最終的に88試合に出場。打率.220、OPS.580となった。個人としては悔しいシーズンとなったが、田口の持つ豊富な経験や、練習の取り組み方などチームに与えた影響は大きく、影の立役者となった。
 
 続いて、メジャー4年目を迎えた井口資仁だ。
 
 サンディエゴ・パドレスで開幕を迎えた同年は、32打席連続無安打を記録するなど、極度の打撃不振に陥った。6月には試合中に右肩を脱臼し、故障者リスト入り。8月に復帰を果たすが、1ヶ月足らずで解雇を言い渡された。
 
 その後、前年所属したフィリーズに復帰。しかし、ポストシーズンの出場選手登録期限を過ぎての移籍となったため、出場は叶わなかった。
 
 最終的にシーズン合計85試合に出場。打率.232、2本塁打、24打点、OPS.598と自己ワーストの成績に終わった。日本人選手初のワールドチャンピオンとなるなど、4年間で2度の栄冠を手にした井口。新たな歴史を刻んだメジャー挑戦を終えた。

不本意なシーズンに終わった松井秀喜と城島健司

 まずは、メジャー6年目を迎えた松井秀だ。
 
 監督交代の影響で、レギュラーも危ぶまれた同年は「8番・指名打者」として開幕を迎えた。開幕後は打撃好調を維持。スタメンには完全に定着し、打順も上げていった。
 
 しかし、6月下旬に左膝を痛めると、故障者リスト入り。手術も打診されたがシーズン中であるためこれを拒否し、手術以外での治療、リハビリに励んだ。
 
 約2ヶ月後の8月下旬に戦列復帰。肝心の打撃は本調子とは程遠く、シーズン最終盤は控えに回り、ポストシーズン中には手術に踏み切った。
 
 最終的に打率.294、OPS.795をマークしたが、93試合出場に留まり、本塁打も2桁を切る結果となった。
 
 続いて、メジャー3年目を迎えた城島健司だ。
 
 同年も正捕手として開幕を迎えた城島だったが、極度の打撃不振に陥り、調子が上向くことなくシーズンを折り返した。その後はスタメン出場が減少。9月には再び正捕手へ返り咲いたが、打撃は低迷の一途を辿った。
 
 最終的に112試合に出場。打率.227、7本塁打、OPS.609に終わり、過去2年間は好成績を収めていただけに、悔しい1年となった。

光る活躍を見せた松井稼頭央と岩村明憲

 まずは、メジャー5年目を迎えた松井稼だ。
 
 前年オフに、アストロズへ移籍した松井稼。
オープン戦では好成績を残したが、開幕直前に臀部を負傷し、離脱を強いられた。
 
 4月下旬に戦列復帰すると、主に「2番・二塁」として起用され、復帰とともにチームの打撃成績も大きく向上した。
 
 後半戦からは1番に座り、切り込み隊長として打線を牽引。同年は打撃不振に陥ることなく、シーズンを終えた。
 
 最終的に96試合の出場となったが、打率.293、20盗塁、OPS.781をマーク。打撃だけでなく走塁、守備面でも高い貢献度を見せ、チームを支えた。
 
 続いて、メジャー2年目を迎えた岩村明憲。
 
 前年のシーズン後半から務めた二塁の守備位置で開幕を迎えた岩村。打順も主に1番を任され、大きな期待を背負った。
 
 4月は低調な成績に終わったが、5月に復調。6月24日には日米通算200本塁打も達成した。
 
 同年のチームは、球団史上初のポストシーズンに進出。7試合連続安打や試合を決める逆転本塁打を放った岩村の活躍もあり、ワールドシリーズまで駒を進めた。
 
 最終的に152試合に出場。打率.274、6本塁打、OPS.729をマーク。惜しくもワールドチャンピオンは逃したが、中心選手の1人としてチームを牽引した。

安定した成績を残したイチロー

 最後に、メジャー8年目となったイチローだ。
 
 オープン戦では絶不調に終わり、開幕後も打撃不振が続いた。6月にはメジャー通算300盗塁や、日米通算500盗塁を相次いで達成したが、終了時点での打率は3割を切った。
 
 後半戦では打率を3割台に乗せたイチロー。特に9月には8年連続200安打に到達するなど、安打を量産した。
 
 最終的に162試合に出場。打率.310、43盗塁、OPS.747をマークした。低調なスタートを切った同年だが、両リーグトップタイの213安打を放つなど、安定した好成績を残した。
 
 
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