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ヤクルト“投打の柱”が引退発表 9度手術の館山昌平「後悔はない」通算128発の畠山和洋「幸せ」

2019/09/14

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 東京ヤクルトスワローズの館山昌平投手と畠山和洋内野手が13日、引退会見を行った。同球団の公式ホームページで会見の模様を紹介している。
 
 38歳の“松坂世代”館山は日大藤沢高、日本大を経て2002年にヤクルトからドラフト3位指名を受けて入団。やや横手から投げるフォームで時に150キロを超える速球やシュート、スライダーなどを駆使して活躍した。
 
 3年目の2005年に自身初の2ケタ勝利となる10勝(6敗)をマークすると、2008年には12勝、翌2009年には自己最多の16勝(6敗)を挙げて最多勝に輝いた。しかし、3度の右肘側副靭帯再建手術(通称:トミー・ジョン手術)を含む9度の手術を受けるという苦難も経験し、懸命なリハビリを重ねて何度もマウンドに戻ってくる姿はファンの記憶に強く刻まれた。
 
 2015年には11登板を果たし6勝3敗でカムバック賞を受賞。2016年の1勝を最後に勝ち星からは遠ざかったが、2015年から今季2019年まで4年連続で1軍マウンドに登っており、度重なる手術とリハビリに耐えながらプロ通算の登板試合数はこれまで278に上っている。通算成績は85勝68敗10セーブ、防御率3.32。
 
 37歳の畠山は、専大北上高を経て2000年にヤクルトからドラフト5位指名を受けて入団した。5年目の2005年に代打でプロ初本塁打を記録すると、2008年には初めて規定打席に到達して打率.279、9本塁打、58打点をマークした。
 
 2010年に自身初の2ケタ本塁打(14本)と長打力が本格的に開花すると、翌2011年には自己最多の142試合に出場し、打率.269、23本塁打、85打点。リーグ最多の78四球を選ぶ選球眼も光った。そして、主砲として君臨した2015年は自己最多の26本塁打をマークしながら悲願のリーグ優勝に大きく貢献。105打点で自身初のタイトルとなる打点王を獲得している。
 
 また、身長180センチ、体重96キロの大柄な体型ながら守備にも定評があり、2012年と2015年には一塁手部門のゴールデングラブ賞を獲得し攻守にわたってヤクルトを支えてきた。通算成績は1105試合で打率.265、936安打、128本塁打、567打点、425四球、出塁率.346、長打率.428。
 
 同サイトによる会見での両選手のコメントは以下の通り。
 
 館山投手
「正式に引退をしようと決めたのは今月に入ってからなんですが、それに向かって17年間悔いなく、毎日試合に向けて全力でやってきたので、本当に後悔はないです。神宮球場にいる期間も半分くらいしかないと思うのですが、(ファンの方から)いつどんな時もたくさんの声援をいただきました。特に怪我をするのは自分の責任であって、そこから復活までもってこられたのは、ファンの皆様の笑顔が見たいからでした。ヒーローインタビューに立った時の風景というのが凄い好きなので、あそこにもう一回立ちたいという思いだけで、乗り越えられたのかなと思います。本当に17年間ありがとうございました」
 
 畠山選手(会見日が37歳の誕生日)
「今年一年、思うようなパフォーマンスが出来なくて、かなり苦しい時期を長く過ごしました。辞めると決めてからはスッキリしたというか、野球を楽しむことが出来ていると思うので、本当に幸せです。ファンの方の応援があってこそ、この19年間プレー出来たと思っています。時には厳しい声をかけていただいたり、それ以上の結果を出した時には本当に一緒になって喜んでいただいた。ファンと一緒に優勝できたことが、僕の中で誇りです。若い選手も育ってきてると思いますし、こういう選手が近い将来、ヤクルトを優勝できるチームにしてくれると思ってます。変わらずご声援をよろしくお願いします」
 
 なお、両選手の引退セレモニー(引退試合)は、9月21日の中日ドラゴンズ戦(神宮球場)で行われる予定となっている。