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ハングリー精神でチャンスをつかんだ三家和真、鈴木誠也から学んだ「努力」の意味【マリーンズ浦和ファーム通信#39】

育成選手としての2年間、独立リーグでの3年間の中で様々な試練に打ち克ち、2016年秋季キャンプのテストを経てマリーンズに入団した三家和真。次なる目標は当然、一軍だ。

2017/04/14

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千葉ロッテマリーンズ

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リハビリに明け暮れた広島での2年間

 紆余曲折を経てマリーンズのユニホームに袖を通した。
 
 三家和真外野手にとってここまでの日々は躓きの連続だった。それでも諦めずに、踏ん張ってきた。そして昨秋、マリーンズの鴨川秋季キャンプでのテストを経て入団をした。カープでの育成選手としての2年間、そして独立リーグ(信濃グランセローズ、石川ミリオンスターズ)での3年間。チームメイトが味わったことがないような様々な経験を積んできた自負がある。野球にひたむきに取り組み、自分の生きた道を信じてきた自信がある。だから今、野球ができる幸せを誰よりも感じ、日々と向きあっている。
 
「マリーンズに合格した時は本当にうれしかった。何よりもここまで励まし、支えてくれた周りの人に感謝でした。これでダメだったら野球を辞める気持ちでいた。それだけにありがたかった。自分一人で今の自分があるのではないと思います。そしてこれからが大事」
 
 栄光とはかけ離れたプロ生活の中で生きてきた。2011年のドラフト会議でカープから育成4位での指名を受けた。大学に進学をすることも考えたが、「このチャンスを逃したくなかった」と挑戦をすることを選んだ。
 
 しかし、若者を待っていたのは試練の日々だった。1年目の7月。練習中に右膝の半月板を痛めた。8月をリハビリに充て9月に復帰も、再び同じ場所に違和感を感じた。10月に手術。1年目を棒に振った。2年目は春季キャンプには参加をすることもできず、夏場にようやく復帰。しかし、オフに待っていたのは非情の通告だった。
 
「なんとなく薄々は感じ取っていた。でも、言われたときはやはりショックだった」
 
 2年目のシーズン終盤ぐらいからメイングラウンドでの練習ではなくサブグラウンドでの練習メニューを課せられることが多くなった。他の若手選手は全体練習後にも特打の予定が入っていても、自分だけは呼ばれることはなかった。だから、なんとなく置かれている状況を感じ取った。だが、やはりいざ球団事務所に呼ばれ、その事実を告げられた時は動揺をした。広島での育成の2年間はほとんどリハビリに明け暮れ、終わってしまった。

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shiro