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安江嘉純を支える、小さな応援団。支配下登録へ「独立の選手はやれるというところを見せたい」【マリーンズ浦和ファーム通信#32】

2016年育成ドラフト1位で入団した安江嘉純にとって、まずは支配下登録という大きな目標が目の前にある。

2017/01/30

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過酷な独立リーグで芽生えた危機感

 厳しい環境の中、夢を追い続けてきた。
 
 高校1年秋に右ヒジを痛め手術をしたため、高校時代はほとんどを野手として過ごした。愛知学泉大に進学後も野球を続けたが、リーグ戦で輝かしい成績を挙げたわけではない。大学4年の時、同じリーグで別の大学に在籍していた1年上の選手が独立リーグで活躍をしているという記事を目にした。対戦経験のある打者で、抑えているイメージが残っていた。
 
「その記事を見て、自分もいけるかもと錯覚をしてしまいました。それは勘違いの始まりだったのですけどね」
 
 テストを受けて見事に合格をした。どこか軽い気持ちで足を踏み入れたがそこは厳しい世界だった。同じアパートに住んでいる選手が朝、練習前にストレッチをしていると球団に呼ばれた。そして契約解除を言い渡された。そんな経験が何度もあった。シーズン中でもクビが切られる。それは独立リーグでは日常茶飯事だ。移動も大変だった。石川から福島に遠征に行く際はチームバスで片道7、8時間。ナイター後すぐに出発をして戻るのは早朝。香川で行われた交流試合も石川からバスで行った。環境だけではなく待遇も苦しかった。シーズンオフになると実家の家業を手伝った。昼に家業。そして夜は近くの焼き肉店でアルバイトをした。そうしないと賄うことは到底、出来なかった。
 
 そんな独立リーグ1年目は34試合に登板をして3勝2敗で防御率3.31。このままではいけないという危機感にさいなまれていた。
 
「最初から2年勝負と思っていた。だから2年目に向けて野球以外のことは一切、考えなかった。生活も無駄なこと、ボッとするような時間すら一切、作らなかった。必死でした。そんな生活を送りました」

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