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元ロッテ・大松尚逸「引退」ではなく「現役」。悩み抜いた男の決心【後編】

昨年10月に、千葉ロッテマリーンズから戦力外を通告された大松尚逸。千葉ロッテでの12年間で、身体的な悩みを抱えることもあった。その苦悩を2回にわたってお伝えしていく。今回は後編だ。

2017/01/22

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自身の運命を変えたアキレス腱断裂

 痛みはまるで感じなかった。
「俗にいう「パン」とか音はしたのかもしれないですけど、感覚としては結構鈍かったですね。その瞬間はダメなものが切れたんだなって感覚はありましたけど、最初はそれほどのものとは思わなかったです……」
 2016年5月29日、自身の運命を変えることになったアキレス腱断裂の瞬間について、大松尚逸はそう述懐した。
「張りが全くなくなった感じがしたので、その瞬間は『ええっ』って何が起きたか分からなくて、最初は肉離れかなって思ったんですよ。それで足首を見たら全然機能していないわけです。でも、痛くないんですよね。そのときは……。全然普通で……」
 ただならぬ事態を察したチームメイトが、タイムをとって大松に近寄ってきた。
「うわーっ、これ切れてますよ。痛くないんですか?」
「痛くないよ」
 大松もただ平然と返した。
 
 手術は翌日すぐに行われた。
「入院は当初の予定では1週間だったんですけど、病院では本当にやることがなくてね。そこで先生に聞いたんですけど、先生からも『病院にいてもねえ……』という話になって、手術して4日後には退院しました。そこからはしばらく松葉づえと車椅子の生活なんですけど、自分が怪我をしたのがちょうど梅雨時期だったこともあって、雨で滑ったらいけないからと、むやみに外を出歩けないし、外出するときはいつも車椅子でした。じゃないと危ないですからね。雨の日なんか松葉づえは絶対ダメだってことなので、ストレスも溜まるし、イライラもするし、そんな毎日を過ごしていましたね」
 リハビリは、怪我をした直後の痛みとは比べ物にならないくらいの痛さを伴う辛く厳しいものだった。
「アキレス腱は切れた部分を重ねて縫合した状態なので、以前よりは短くなっているんですよ。リハビリではそのくっ付けた場所を徐々に伸ばしていかなきゃいけない。今まで使ってこなかった腱を伸ばしながら、その角度をつけていくわけですから本当にしんどかったですよ」
 痛みをどんなにこらえても滲み出る涙と脂汗を抑えることが出来なかった。
 
 戦力外通告を受けた10月初旬。一度は野球を諦めようと考えた。
「クビになった当初は『もう野球はいいかな』と思う自分も当然いました。この先の人生の方が長いし、球団から次の話をいただいたりもしたんでね。今がそういう時期なのかなって思いました。正直、そっちの気持ちの方が当初は大きかったんです。でも、やっぱり心の中に『お前、それでいいのか』って(思う)自分も常にいたわけです。最終的にはそこを無視して次に進むことが出来なかったというのが一番でしたね」
 夜、布団に入るとあらゆる考えが頭の中で交錯した。
「世間体では、あとの人生の方が長いんだから、『ここらで終わりにした方が良いんじゃない』って感じですよね。でも、自分の中では『あんなんで終わって良いの?』『治ったら確実にまた野球が出来るじゃん』『医者も確実に治ると言っているんだよ』っていうのが常にあったんです。なのに今、辞めていいの?って……。最初はそれが小さな想いだったのに、どんどん大きくなって、戦力外と言われて、2、3日で結論を出せと言われてもとても出せなかったですよね」
 悩み抜いて出した答えは、「引退」ではなく「戦力外」の扱いにしてもらいリハビリを続けながら現役の道を模索することだった。

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