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落合博満、新人の原辰徳が登場 セイバーメトリクスの視点で過去の打撃ベスト10を振り返ろう ~1981年編~

2020/08/26

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Getty Images, DELTA・道作



1981年のパ・リーグ

チーム  試合 勝率 得点 失点 得失点 前期/後期
日本ハム 130 .557 610 554  56   4/1
阪急   130 .540 579 597  -18  3/2
ロッテ  130 .525 567 597  -30  1/3
西武   130 .500 599 513  86   2/5
南海   130 .449 544 619  -75  5/6
近鉄   130 .429 557 576  -19  6/4
 

 
 身売りを重ね、この時期すでに日本ハムを名乗っていたファイターズが19年ぶりの優勝を遂げたシーズンである。この年にパ・リーグ1位のwRAA54.6をマークしたのは門田博光(南海)。門田は1打席あたりの得点貢献を示すwOBA(※3)、出塁率、長打率と得点生産との関わりが深い指標はすべて1位を記録。44本で本塁打王も獲得している。にもかかわらず所属する南海の挙げた得点は544得点でリーグ最少。弱体化したチーム事情をよく表している。

 優勝した日本ハム打線はリーグ最多の610得点を記録。ランキング2位と4位にトニー・ソレイタと柏原純一を送り込んだ。ソレイタは108打点で打点王と、門田と並び本塁打王も獲得している。
 
 ちなみにこの年の日本ハムは左投手を数多く集める珍しい投手編成を行った。チーム全体の1140イニングのうち、左投手が投げたイニングは617。この頃までのパ・リーグは慢性的に左投手が不足しており、1年間で左投手の登板が100イニングに満たないチームがあった。ちなみに過去には年間17イニングのチームすらある。こういった左投手にリーグ全体が慣れていない状況を狙って、日本ハムは露骨に左投手を集めたのである。そしてこの編成は見え見えの狙いながら相当な威力を発揮したようで、日本ハムはリーグで2番目に少ない554失点を実現している。
 
 3位にはこの後パ・リーグの中心となる落合博満(ロッテ)がついに登場。この年は.326で首位打者を獲得している。ライオンズは西武と名を改めて3年目のシーズン。この年は3人をベスト10にランクインさせて、黄金時代に向けいよいよ陣容が整ってきた様子だ。特に6位に入った石毛宏典は前年のドラフトをにぎわせた話題のプロスペクトで、この年はルーキーながら期待に違わぬ活躍を見せた。ベスト10圏外の注目打者にも西武の大田卓司を挙げる。この時期の西武は選手の入れ替えが多かったため、中心選手に生え抜きは少なくなっていた。大田はそんな少数派選手の1人である。
 
 西武の厚い戦力が目立ってきたこと、そして落合のブレイクと、この後のパ・リーグにおける時代の流れの原型がすでにこの年に見える。

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