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石毛博史、ドラフト外の肖像#3 突然のトレード&阪神テスト入団「野球馬鹿は、プロ野球で通じない」

日本プロ野球では1965年にドラフト制度導入後も、ドラフト会議で指名されなかった選手を対象にスカウトなどの球団関係者が対象選手と直接交渉して入団させる「ドラフト外入団」が認められていた。本連載ではそんな「ドラフト外」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。

2018/08/16

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田崎健太

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突然のトレード通告

 自分の周りで何かが動いているとはっきりと感じたのは、97年の正月のことだった。
 
「12月ぐらいから、石井浩郎さんが近鉄(バファローズ)とは契約しない、トレード先を探しているという報道が出ていたんです。それで横浜の三浦大輔、巨人ならば石毛の交換を考えていると書かれていました。正月にハワイに行って、日本のスポーツ新聞見てたら、ぼくの名前がバンバン出ている」
 
 96年シーズン、石毛は4勝1敗3セーブという成績だった。前年からクローザーとなっていた西山一宇が不調。石毛がセットアッパーからクローザーに戻ったが、調子は上がらなかった。日本シリーズで初めてセーブを挙げたものの、年俸減を提示されていた。来季の契約を結んでいる自分の名前がなぜ紙面に出るのか、と石毛は首を傾げていた。
 
 ハワイから帰国した1月10日、ジャイアンツのコーチが主催するゴルフコンペに石毛は参加していた。
 
「ハーフ(ラウンド)が終わったとき、フロントから石毛さんに電話ですって呼び出されたんです。今から事務所に来られるかっていうんです。ぼくは今、コンペに出ているっていうと、大事な話だからって。それでコーチに、たぶんトレードの話です、事務所に行って来きますと謝ってから出ました。事務所に行くと近鉄からトレードの話が来ている、すごくいい話だからって。背番号もいい番号になるし、先発もやらせてくれるみたいだぞって話を一方的にがーっとされたんです」
 
 自分は先発をやりたいなどと言ったことは一度もないとむっとした。そして、すでにバファローズとの間で自分が移籍を受け入れるという前提で交渉を進めていたことを感じたという。
 
 監督だった佐々木恭介の熱意にほだされた石毛はバファローズへの移籍を受け入れることにした。
 
 しかし、先発としては結果を残すことはできなかった。
 
 2001年シーズン、中村紀洋、タフィ・ローズ、磯部公一、そして吉岡などの強打者を揃えたバファローズはリーグ優勝を成し遂げた。石毛はセットアッパーとして、25試合に登板、3勝1敗2セーブを記録している。

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