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「前例なき二刀流」大谷が取り戻した眼光。あれから5年、日本ハムが与えた新たな夢

ロサンゼルス・エンゼルスに入団した大谷翔平選手。きょう25日、5年間を過ごした北海道日本ハムファイターズの本拠地・札幌ドームでファンへ向けた記者会見に臨む。高校時代に一度はメジャー挑戦を表明しながら、日本プロ野球の道を選んだ。5年間、前例のない“二刀流”を貫き、ようやく海を渡る大谷の想いはどう変化したのか。

2017/12/25

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メジャー挑戦へ、再び強く輝いた大谷のまなざし

 ロサンゼルス・エンゼルスの入団会見の様子を動画配信で確認していると、あの日の大谷翔平がフラッシュバックした。18歳の高校生が決意を固めた、あの記者会見だ。
 
 2012年10月21日、花巻東高で記者会見を開いた大谷は「厳しいところに身を置いて自分を磨きたい」とメジャー挑戦を表明。日本球界がかつて開いたことのない扉をノックしようとした。未来を切り開こうとする挑戦者の強く輝きのあるまなざしだった。
 
 あれから5年、大谷があの日の眼光を見せたことはこれまでなかったが、エンゼルスへの入団を決めたことで、彼らしい眼差しが戻った印象だ。彼はきっとやってくれるに違いない。
 
 しかし、5年前と現在で、大谷の目標の頂は少し異なっている。それは、どちらが正しいか正しくないか、良いか悪いかではなく、大谷の中にしかないものだ。
 
 5年前、まだ日本球界への入団を決めていなかった大谷は、筆者とのインタビュー取材の中で、野球選手として追い求める像をこう語った。
 
 「僕が高校3年間で160キロを出すことを目標にしたのは、ピッチャーとして常識を覆したいという思いがあったからでした。160キロを出す選手がでてくれば、また次に160キロ以上を目指す人が出てくる。目標のレベルが高くなれば、野球のレベルが高くなると僕は思っています。野茂さんがアメリカで結果を残して、日本人の目標のレベルが変わってきた。自分もそうして目指されるように、世界レベルで活躍する選手になりたい」
 
 大谷は、野茂英雄がメジャーへの道を切り開いたように、あるいはイチローが日米であらゆる記録を打ち立てたように、前例のないことを成し遂げることで、野球界に新しい概念を生み出したいと高校時代から考えていたのだ。
 
 日本の高校生のトップ選手が直接、メジャーの舞台に足を踏み入れたことはなかった。誰かがその一歩を踏み出すことで、歴史を塗り替えられる、野球界を発展させられるというのが、大谷自身の中にあった野望だった。
 
 野球界にとって唯一無二の存在になることが、大谷が野球選手として果たしたいことの一つだった。

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