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辻内崇伸、ドラフト1位の肖像――1試合19奪三振を記録した05年夏「ホンマにあれ、奇跡なんですよ」【連載第2回】

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。

2016/10/23

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中田翔との出会い

 彼が主戦投手となったのは、高2の夏からだった。この頃には球速148キロほど出るようになっていたという。
 
「ホンマになんで球が速くなったんやろという感じです。とにかく下半身は痛めつけられました。下半身をやっておけば間違いないです」
 
 力一杯投げると、手元から糸を引くように球がキャッチャーミットに吸い込まれていった。自分で投げていて、その軌跡を美しいと思ったと記憶があるという。
 
「ただ、綺麗なボールを投げたい、と思っていました。投げることが楽しかったです。そして、強いバッターと勝負したいと思うようになりました」
 
 そして、甲子園出場をかけた大阪府大会決勝に辻内は先発している。相手はPL学園だった。この試合は延長15回でも決着がつかなかった。
 
 翌日行われた再試合は7対13。大阪桐蔭は甲子園出場を逃している。辻内はこの試合には登板しなかった。ちなみに、勝ち投手となったのは、9回を投げきったPL学園の1年生、前田健太だった。
 
 辻内が3年生に進級すると、1人の有望な1年生が入学してきた。
 
 右投げ右打ちの投手で、打者としても突出した才能があった。現在、北海道日本ハムファイターズに所属する中田翔である。
 
「入ったときから中田は完成されていましたね。平田(良介)とはまた違ったタイプでした」
 
 辻内は紅白戦で中田と対戦している。
 
 自分は3年生なのだ。年下の1年生には打たれまい、そう思って中田に速球を投げ込んだ。すると、次の瞬間、ボールは外野のフェンスに音を立てて当たっていた。
 
「やっぱ、こいつすげーなという感じでした。自分、紅白戦で中田と平田は抑えたことはないです。平田4番、中田5番にいたら、後の打者はいらない、とみんな言っていました」
 
 辻内はフフフと笑った。

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