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辻内崇伸、ドラフト1位の肖像――「大阪桐蔭に入学した時、僕は平民以下の存在だった」【連載第1回】

かつて「ドラフト1位」でプロに入団した選手1人の野球人生をクローズアップする。華やかな世界として脚光を浴びる一方で、現役生活では「ドラフト1位」という肩書に苦悩し、厳しさも味わった。その選手にとって、果たしてプロ野球という世界はどのようなものだったのだろうか。(2016年10月20日配信分、再掲載)

2020/04/06

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なぜか野球だけは左

 87年12月5日、辻内は奈良県磯城郡川西町で生まれている。
 川西町は、奈良県の大阪府寄りに位置し、天理市、大和郡山市などに挟まれた、のどかな田舎町である。辻内は出生地について訊ねられると「法隆寺の近くです」と答えている。
 
「すごいやんちゃな、活発な子どもだったと思います。スポーツは何をやっても一番という感じでした。とにかく走り回るのが好きでした。田んぼばっかりの街なんで、田んぼでサッカーとかやってました」
 
 父親は中学校まで野球部に所属しており、辻内に野球を教え込んだ。
 
「自分、鉛筆(を持つ方)も右だし、テニスも右、サッカーも右。なぜか野球だけ左なんです。幼稚園ぐらいから親父から左で投げさせられたんだと思います」
 
 本格的に野球を始めたのは小学1年生のときだった。まずは右翼手から始め、その後一塁手になった。ホームまでボールが投げられるようになると投手を兼任するようになった。
 
「でもコントロールが全然駄目で、ほとんどファーストでしたね。ピッチャーではファーボールばかり」

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