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平成を代表する三塁手・松田宣浩がMLBで生きる道【広尾晃の「ネタになる記録ばなし」】

ブログ「野球の記録で話したい」を運営中で『プロ野球解説者を解説する』(イーストプレス刊)の著者でもある広尾晃氏。当WEBサイトでは、MLBとNPBの記録をテーマに、週2回、野球ファンがいつもと違う視点で野球を楽しめるコラムを提供していく。今回は今オフにFA権を行使し、メジャー挑戦を表明しているソフトバンクの松田宣浩についてだ。

2015/11/15

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岩村のように成功者となれるか

 そんな松田にしてもMLBへの移籍は厳しい道のりだ。
 過去、NPBからMLBに挑戦した内野手は8人いるが、芳しい成績を残した選手は少ない。

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 特に西岡剛以降の選手は、レギュラーを獲得できなかった。中島裕之はMLBにすら昇格できなかった。
 パワーヒッターが普通にいるMLBにおいて、打撃面でスケールダウンとなる。守備でもイレギュラーの少ない人工芝での守備に慣れた日本人内野手は、自然芝が中心のMLBの球場で苦労することが多い。

 三塁手の移籍の前例としてあげられるのは2007年、ポスティングシステムでタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)に移籍した岩村明憲だ。
 新興球団で下位に低迷したデビルレイズにあって、若い選手たちのリーダー的な役割を果たした。2年目以降は二塁手へコンバート。長打は激減した(本塁打32本→7本)が、リードオフマンとしてつなぐ野球に徹し、2008年の球団初のポストシーズン進出に貢献した。

 特に岩村は、選球眼の良さを発揮した。2007、2008の2年間で128四球。出塁率は.2年通算で354。粘って出塁し、得点のお膳立てをしてきた。

 かつて早打ちだった松田は、四球数が20~30個しかなかったが、2015年は60個と一気に増えた。できる限り出場機会を得られる可能性があり、リーダー的な役割も期待されるチーム。そして自分で決めるのではなく、チームのつなぎ役として役割を発揮できれば、岩村のように生きる道があるのではないだろうか。

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