大谷翔平選手をはじめとした日本人メジャーリーガーを中心にメジャーリーグ・日本プロ野球はもちろん、社会人・大学・高校野球まで幅広いカテゴリーの情報を、多角的な視点で発信する野球専門メディアです。世界的に注目されている情報を数多く発信しています。ベースボールチャンネル



中田翔との別れ――断ち切られたストーリー【えのきどいちろうのファイターズチャンネル#154】

中田翔が巨人に電撃トレードとなった。ファイターズの顔の突然の移籍、複雑な心境だ。

2021/08/22

text By



もやもやする理由

 まぁ、いちばん違和感があったのは中田翔が巨人事務所でファンへの謝罪コメントを発したことだ。いや、既に巨人所属の選手だからそうせざるを得なかったんだろうという事情はわかる。何でそんな事情が発生したのか? 巨人への移籍はそんな電撃じゃなきゃいけなかったのか? もしかして巨人は急病人でも出て選手が足りなくなったのか? そういうことではなさそうだ。報道によるとこの無償トレードは栗山監督から原監督への直訴が発端らしい。日ハムの意向を受け「原監督の漢気」で成立したそうだ。ということは事情は日ハムの側にあったことになる。少なくとも巨人はウィ―ラーをはじめ1塁手は足りている。
 
 ファンは気持ちが追いついていかないのだ。まず、札幌でファイターズファンに謝罪なり説明なりがあり、しかるが後に巨人の入団会見が行われるというのが順序じゃないか。気持ちが追いついていかないのは色んなことがすっ飛ばされているからだ。何があったのか。何で「正直、このチームでは難しい」のか。なぜ選手教育や研修のようなことでなく移籍なのか。なぜ巨人に無償トレードなのか。なぜこれほど急いだのか。
 
 中田翔はファイターズの「顔」だった。当たり前のことだが、彼の存在はファンの無数の思い出と分かちがたく結びついている。中田とサヨナラすることは、共に過ごした10年以上の日々とサヨナラすることだ。ファンにとっては「あの頃の自分」とサヨナラすることだ。ファンは生身なのだ。そう簡単には切り替えられない。もやもやする。これはしょうがないことだ。
 
 もやもやといえば不祥事がスッキリしないまま、ふわぁっと流れていってしまうのだ。中田は今年、ベンチ裏で転倒したという理由で右目を腫らしていたことがあった。「スポーツ選手がそんな風に転ぶかなぁ」と誰もが思った。そういう部分はブラックボックスだ。わからない。件(くだん)の暴行行為も実際のところはよくわからない。

甘いことを考えていた

 ブラックボックスでない「公開情報」だと、中田の暴行行為の直後、蒸し返される感じでネット記事に上がった万波の声出しの映像がある。映像は「誤解を与える可能性がある」として球団公式アカウントから削除されたが、差別的な発言としか思えないものが聞き取れた。球団の見解は、数か月前の映像のため、発言者も発言の意図も確認できないということだそうだ。犯人探しをしてもしょうがないのだけど、もやもやは残る。僕はずっとファイターズの先進性が自慢だったのだ。「いちばんアメリカに近いNPB球団」のつもりでいた。アメリカだったらこの事案にどう向き合うだろう。
 
※旧知の応援仲間からこの件で「複雑な胸の内」を書き連ねた私信メールをいただいた。暴力や差別はいけないと前置きした上で、彼は「しかし、ファイターズのことなんか何も知らないし、気にもとめない連中」からバッシングを受けるのが耐えられないと言うのだった。ファイターズは「外側からの攻撃」にさらされている、という書き方をしていた。まぁ、僕も気持ちはわかる。キャンセルカルチャーといった流行の用語を持ち出すまでもなく、今は「正しさ」が凶器にもなり得る時代だ。「関係ないヤツら」が「正しさ」を振りかざしてくるー、と不安を感じているのだと思う。
 
 だけど、気持ちはわかるけれど、世の中には内々で済ませてはならないこともある。ニュースを騒がすハラスメントの類は常にその内々の構造のなか、温存されてしまう。僕は少年時代、転校生だった。いじめを受けたこともあるし、徹底的にケンカで応戦したこともある。教師も加担したその内々の空気には本当にげんなりだった。たぶんあの空気を覚えている読者にはまっすぐ伝わる話かなと思う。
 
 と、ここまでを今、読み返してみたが僕は「わからない」「もやもやする」しか言ってない。話はシンプルなのだ。ファイターズは僕の夢だ。純度100パー、まじりっけなしの夢だ。中田翔はその夢の大事な登場人物だった。物語の主役級だった。その主役級と前触れもなく別れた。起承転結がない。
 
 甘いことを考えていた。もしかしたら来季は兄貴分の稲葉監督で、耳の痛いこともしっかり直言して、中田の良い部分を引き出してくれないかなぁ…。「正直、このチームでは難しい」ではなくて、「このチームだからやり直せる」を示す責任がある…。
 
 僕は正直、今、とても苦しい。自分が抱え持った「中田翔の夢」を切断しなければならない。もちろんひとりの選手として中田翔のジャイアンツでの活躍は祈っている。こんなところで終わる選手ではない。何といっても去年のパ打点王だ。けれど、もうそれは僕の夢ではない。起承転結がない。話のつながりがない。

1 2