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「僕を今のレベルに運んでくれた」6年前の今日が糧 田澤純一が語った、A-ロッドへの感謝

6年前の8月7日(現地)、田澤純一のメジャーデビュー戦は延長15回にサヨナラ2ランを浴びるほろ苦いものとなった。しかしメジャーのレベルを教わることとなったその1撃、そして当時、名捕手にかけられた言葉は今の田澤の糧となっている。

2015/08/07

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初登板初黒星のあと、女房役が田澤にかけた一言

 初登板初黒星、何よりもここまでの投手陣の力投をふいにしてしまったサヨナラ被弾、田澤にとっては痛恨のメジャーデビュー戦だった。

“What I remember about that moment is that I lost the game,” Tazawa said. “Everyone else had done their job and I hadn’t and I felt bad about that. But the thing I remember after the game is, Jason Varitek came to me and told me that the pitch that A-Rod hit, that was on him, and that he put down the wrong sign and called the wrong pitch.
「その瞬間について覚えているのは自分が試合を落としてしまったことです」と田澤は語る。「全員が自分の仕事をきっちり果たしていたが自分にはそれができなかった、そのことが申し訳ない。けど試合後キャッチャーのジェイソン・バリテックが僕のところに来て「A-ロッドに打たれた球は俺の責任だ。間違ったサインを出して失投を呼んでしまった」と言ってくれたことは覚えています」
 
“Just the fact that he said that to me, that really took a lot of pressure off my shoulders. I gained a lot of respect for him after that conversation.”
「彼が僕にこうして声をかけてくれたことで、本当に肩から荷が下りたような感じだった。この会話以来バリテックを非常にリスペクトするようになりました」
 
 この後2010年にはトミー・ジョン手術を受けるなど、苦しんだ時期もあったものの2012年からリリーフとして頭角を現した田澤。2013、14年には2年連続で71試合に登板し、2013年にはポストシーズンでも大車輪の活躍で世界一に貢献。今季はチームトップの47試合に登板しており今ではレッドソックスに欠かせない存在となっている。
 
In some ways, he has A-Rod to thank.
“I felt that I needed to get better after that game,” he said. “That’s somewhat of a drive that drove me to where I am.”
田澤はA-ロッドに感謝しているという。
「試合後、もっと良いピッチャーにならなければと感じさせられました。(あのサヨナラホームランが)僕を今いるレベルまで運んでくれました」

 
 女房役のバリテック、そしてA-ロッド、2人のスーパースターからメジャーのレベルを教わったデビュー戦。その経験が今の田澤の糧となっている。
 
出典:RED SOX RELIEVER JUNICHI TAZAWA RECALLS HIS DEBUT IN YANKEE STADIUM, WHICH DIDN’T END WELL by John Tomase in WEEI.com on Aug.6 2015

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