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イチローがマーリンズに移籍。川﨑宗則、青木宣親の活躍は――日本人野手のメジャー挑戦を振り返る【2015年編】

2020/07/28

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 7月23日(日本時間7月24日)に開幕を迎えたメジャーリーグ。60試合制や、ナショナル・リーグ初の指名打者(DH)制導入など、NPB同様2020年は異例のシーズンとなる。
 

 
 一方で、今年は新たに筒香嘉智、秋山翔吾、山口俊の3人がNPBから海を渡り、メジャーの舞台に挑戦。2人の野手が同時に挑戦するのは、2012年の青木宣親と川﨑宗則以来8年ぶりとなる。筒香と秋山は、日本人野手再評価の流れを作ることができるだろうか。
 
 本シリーズでは、年度別シーズンOPSランキングトップ10選手と、同年の日本人選手の成績を振り返り、時代背景とともに日本人野手のメジャーリーグ挑戦の軌跡を辿る。今回は2015年編。

2015年シーズンOPSランキングトップ10


 
 
 2015年は、ブライス・ハーパー(ワシントン・ナショナルズ)が大差でランキングを制した。同年は打率.330、42本塁打、99打点をマークし、ナショナル・リーグ本塁打王を獲得。出塁率.460、長打率.649、OPS1.109は両リーグトップの数値を誇り、シーズンMVPにも輝いた。
 
 2位にポール・ゴールドシュミット(アリゾナ・ダイヤモンドバックス)、3位にジョーイ・ボットー(シンシナティ・レッズ)、4位にマイク・トラウト(ロサンゼルス・エンゼルス)と続いた。
 
 5位にはランキング常連のミゲル・カブレラ(デトロイト・タイガース)が入った。同年は故障者リスト入りとなった影響で、18本塁打、76打点に終わったが、打率.338のハイアベレージを叩き出し、アメリカン・リーグ首位打者を獲得した。
 
 6位に入ったのは、ジョシュ・ドナルドソン(トロント・ブルージェイズ)だ。同年は打率.297、41本塁打、123打点をマークし、ア・リーグ打点王を獲得。その活躍でチームを地区優勝へと導き、シーズンMVPにも輝いた。
 
 7位はネルソン・クルーズ(シアトル・マリナーズ)、8位はエドウィン・エンカーナシオン(ブルージェイズ)、9位はクリス・デービス(ボルチモア・オリオールズ)が入った。
 
 同年のデービスは、打率.262ながら両リーグトップの47本塁打をマークし、2年ぶりにア・リーグ本塁打王の座を手にした。
 
 10位はこちらもランキング常連のデビッド・オルティス(ボストン・レッドソックス)という結果となった。

マーリンズに移籍したイチロー

 メジャー15年目となったイチローは、オフにマイアミ・マーリンズに移籍。
 背番号を慣れ親しんだ「51」に戻し、まさに心機一転のシーズンとなった。
 
 開幕戦には代打で出場。以降は起用法が定まらなかったが、攻守に渡って存在感を示した。
 
 しかし夏場に疲れが見え始めると、9月には打率が急降下。復調の兆しも見えないままシーズンを終えた。
 
 最終的に153試合に出場。出場機会は増やしたが、自己ワーストの打率.229、11盗塁、OPS.561となり、打撃成績が大きく低迷した。

川﨑宗則の2015年シーズン

 続いて、メジャー4年目を迎えた川﨑だ。
 
 前年に一度自由契約となったが、ブルージェイズとマイナー契約を結び直した川﨑。過去3年間同様マイナーで開幕を迎え、アピールを続けていたが、頭部死球を受ける不運に見舞われた。
 
 復帰後は、5月下旬にメジャー昇格を果たすと、主に守備固め、代走として出場。以降は故障者が出ると昇格、故障者が復帰後は降格のサイクルを繰り返した。
 
 最終的に23試合出場に留まり、打率.214、OPS.598となった。同年は打席数も少なく、アピールの場もわずかなものだった。

青木宣親の2015年シーズン

 最後に、同じくメジャー3年目を迎えた青木宣親だ。
 
 オフにサンフランシスコ・ジャイアンツと契約を結んだ青木。
 開幕から「1番・左翼」でスタメンに名を連ねると、好調を維持し、切り込み隊長として打線を牽引した。
 
 しかし、6月下旬に死球により右足腓骨を骨折し、故障者リスト入り。3割を超える打率を維持していただけに、チームとしても手痛い離脱となった。約1ヶ月後に戦列復帰を果たしたが、直後に頭部死球を受けると、以降は目眩に悩まされたことで成績も低下。その症状は思わしくなく、9月上旬には休養を取ることとなり、シーズン中の復帰は叶わなかった。
 
 最終的に打率.287、14盗塁、OPS.733と安定した打撃成績は残したが、度重なる離脱が響き、93試合の出場に留まった。目眩の原因は、短期間に頭部死球と外野守備時にフェンスへ激突したことによる脳震盪の後遺症と診断され、現役生活に暗雲が立ち込める程の事態となった。
 
 
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