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「打ち勝たなければ勝てない」――『打撃の伝道師』率いる県立相模原が名門横浜に挑んだ夏

県内有数の進学校でもある相模原。県立勢として64年ぶりの神奈川県代表を目指した夏の挑戦が幕を閉じた。敗れた相手は、高校野球界の雄・横浜高。今回の夏で退任する渡辺元智監督率いる名門から、相模原は何を教わったのか。

2015/07/23

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藤江直人



横浜には「まともに戦ったら勝てない」

 春の県大会で準優勝を果たし、1964年(昭和39年)の創部以来、初めてとなる夏の第1シードを獲得。組み合わせ抽選の結果、ノーシードの横浜と4回戦で対戦することが濃厚となった段階から、佐相監督は「自分たちはあくまでも挑戦者」と強調した上でこんな作戦を思い描いていた。

「横浜さんはバント守備がとにかくうまい。狙い通りのコースにわざとバントをさせて、その瞬間にはもうピッチャーが走ってきてランナーを封殺する。送りバントをせずにエンドランを仕掛けるとか、ランナー三塁でもスクイズをしないで強打するとか。まともに戦ったら勝てない」

 佐相監督は相模原市内の3つの公立中学を全国大会出場に導き、そのうち大沢中学と東林中学で全国3位を獲得。高校野球の指導者に転身した2005年からは、県立川崎北で夏ベスト8(2008年)、秋ベスト4(2007年)と結果を残し、2012年度に現在の相模原に赴任した。

 指導方針は中学時代から一貫して変わらない。

「打ち勝たなければ、強豪私学には勝てない」

 県内有数の進学校でもある相模原の偏差値は65。推薦入学や野球クラスはなく、「打撃の伝道師」として県内でも知名度の高い佐相監督の指導を望んでも、入試で落ちる中学生が決して少なくない。

 グラウンドを陸上部と共用するためにフリー打撃は行えず、全体での朝練習も原則禁止。午後7時半には完全下校となり、東京大学文3志望の宮崎をはじめとして、21人を数える3年生の大半が練習後に学習塾に通う。

 強豪私立とは180度異なる状況下で、佐相監督は座右の銘とする「環境は人が作る。その環境が人を作る」をOB会や保護者会の協力のもとでコツコツと実践しながら、部員たちを鍛え上げてきた。

 新入生はまず高目のレベルスイングを徹底して叩き込まれる。振り出すときに両ひじを下に向けさせることでバットのヘッドを立たせるスイングを、横にネットを置き、その上の縁に沿ってひたすら振らせることで体に覚え込ませる。

「高目の胸のあたりのストレートは失投ですから、それを打てるようにならないと私学には打ち勝てない。中学生はローボールヒッターが多く、逆に高目の速いボールが苦手なのでね」

 フリー打撃はケージを4つ並べて、バックネットへ向かって打たせる。2台のピッチングマシン、2人の打撃投手との距離は8m。昨年秋の県大会で決勝進出を逃した直後から、あえて緩いボールを投げさせ、ミートポイントをできるだけ捕手寄りに設定した上でセンターから逆方向を狙わせるメニューを組み入れた。

「そうしないと速いボールは打てない。前目のポイントで打とうとすると、スライダーなどの速い変化球を拾えなくなる。なので、引きつけて打つ癖をつけておいて、速いボールを打つ練習に移るわけです」

 ティー打撃でも左右にネットを配置し、その間からトスされたボールをコースに応じて打ち分ける工夫が凝らされている。春の県大会決勝で東海大相模に、初めて臨んだ関東大会では初戦で川越東(埼玉)に屈した反省から、もうひと工夫を加えたと佐相監督は力を込める。

「まず1.2kgくらいの重いバットで振る力をつけておいて、通常の軽いバットで思い切り振らせる。速い動きで筋肉を刺激して、速いスイングスピードを教え込ませるんです」

 スイングスピードを上げるための体力づくりも並行して行ってきた。三塁側のベンチ裏にある斜度5度の石畳のスロープを、18リットルのポリタンクに水を入れて抱えながら登り降りする一日置きのメニューはいまや『ポリタンク』と呼ばれ、部員たちの体幹や腕力を徹底的に鍛え上げてきた。

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