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的場寛一、ドラフト1位の肖像#2――プロ入りして気づくメディアの恐ろしさ「今から考えると少し鬱病」

1999年ドラフト1位(逆指名)で阪神タイガースに入団した的場寛一は、将来を嘱望される期待の大型遊撃手だった。しかしプロ入りの野球人生は試練の連続だった。

2016/12/02

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田崎健太

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「的場 上原撃てる」で1面!?

 99年阪神タイガースドラフト1位の的場寛一が、メディアの恐ろしさを知ったのは、入団会見直後のことだった。
 
 12月15日、ドラフトで指名された8選手が甲子園球場と合宿所を見学している。
 
「新聞記者の人から〝甲子園どうですか?〟って聞かれたので〝もう素敵ですね〟と。また別の記者が〝こんなところで左中間真っ二つのツーベースとか打ったらいいですよね〟と話しかけてきたんです。そりゃそうですよねと相づちを打った」
 すると――。
 
 翌日の『デイリースポーツ』紙の一面には甲子園球場に立つ的場の写真に〈いきなりイメージわいた 的場 上原撃てる〉という見出しが踊っている。
 
「一番、ショート・的場」。場内アナウンスを受け、緊張の甲子園初打席に立つ。マウンド上には、宿敵・巨人の上原が…。20勝投手の初球は真っすぐ。的場の打球は、快音を響かせた。弾丸ライナーで、あっという間に左中間フェンスに達していた。
「左中間を真っ二つ。悠々の二塁打でしたよ」
 的場は、スコアボードを眺めながらニッコリ笑った。宿敵を打ち砕いた〝甲子園初打席初安打〟。約二秒間のイメージだったが、的場はプロとして生きていく姿を、しっかりと頭に描いていた
〉(99年12月16日付)
 
 的場とIBAFワールドカップ日本代表で同僚だった上原浩治は、前年に読売ジャイアンツに入り、20勝4敗という好成績を残していた。
 的場は記者に上原と対戦して二塁打を打ちたいなどと話していない。全く違う内容の記事となっていたことに呆れていた。

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