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雄平の大ブレイクに見る、投手から野手へのコンバートが成功するための条件

ヤクルトの雄平が今季、打率.316、23本塁打、90打点という高い数字を残し、大ブレイクを果たした。かつて期待の左腕として入団しながら、芽が出ることなく野手にコンバート。転向5年目の今季、チームのクリーンアップを任されるまでになる要因はどこにあったのか。その成功の秘訣を探る。

2014/11/01

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高い身体能力と打撃センス、努力と研究が成功のカギ

 今季2年連続となる最下位に沈んでしまったヤクルト。しかし、チーム打率(.279)、チーム総得点(667)ともにリーグトップの数字を残すなど、圧倒的な攻撃力を誇った。

 相手チームにとって脅威の打線の中核を担ったのは、投手から野手にコンバートされて5年目を迎えた雄平だ。

 今季の打撃成績は、141試合の出場で打率.316、23本塁打、90打点。

 野手転向後、前年までの4シーズンで一軍試合出場数は右膝前十字靱帯断裂などの影響もあり、わずか60。
 チームへの貢献度が決して高いとはいえなかった選手が、これだけの数字を残したのだから、まさに〝大化け〟といって間違いない。

 開幕から間もなく、クリーンアップを任され、ポイントゲッターとして活躍。5月には打率.364、8本塁打、19打点という数字を残して、月間MVPを獲得した。シーズン90打点は、バレンティンや畠山和洋、山田哲人、川端慎吾ら、同じくチームで打率3割超えを果たした選手のなかでもトップの成績である。

 これほど〝大化け〟できた要因のひとつに、高い打撃センスと身体能力を兼ね備えていた点が挙げられるだろう。

 東北高時代は、150キロを超えるストレートを武器に高校ナンバーワンの評価を受けていた左腕。また、打撃センスも非凡なものがあり、高校通算36本塁打を記録。また、50m5秒台という俊足の持ち主でもあり、2002年ドラフトの目玉として注目されていた。そのドラフトでは近鉄とヤクルトの2球団から1巡目指名を受け、交渉権を得たヤクルトに投手として入団を果たす。

 しかし、プロ入り後は制球難に苦しんだ。高校時代と比較して狭まったストライクゾーンに戸惑い、ルーキーイヤーの2003年は27試合の登板で12暴投を記録。投手登録だった2009年までの7シーズンで297回1/3を投げ、与えた四死球は190、暴投は39にまでのぼった。

 2009年オフ、当時の二軍監督だった猿渡寛茂の勧めもあり、外野手に転向。「心機一転して投手とは違う気持ちでやりたい」と登録名を雄平に変更し、プロ野球選手としての再起をはかった。

 野手転向直後は打撃の感覚を取り戻すのに苦労したものの、2011年シーズンに転機を迎える。この年、一軍出場こそならなかったが、ファームでトップとなる打率.330をマーク。

「ボールをバットの芯でとらえる感覚を覚え、飛距離が出るようになった」と手応えをつかんだ。実際に長打率が前年の.371から.480と飛躍的に向上。今季の活躍につながる土台作りに成功した。

 また、野手転向にあたって、努力や独自の研究を継続できたことも成功の秘訣だ。

 雄平は基礎的な練習を繰り返し、早出特打ちなどのトレーニングも厭わず、練習に没頭する日々を送る。ただ練習に明け暮れるだけでなく、「周りの選手のバッティングや、他チームの選手の映像も含めて、とにかく見るようにした」と、打撃に対する研究も余念がなかった。

 さらに、投手としてチームに貢献できなかった後悔も雄平を駆り立てた。「どんな形であれ、チームの力になりたい。投手として結果を出せなかったという不甲斐ない思いがあるので、少しでもチームの勝利に貢献したい」と、無念の思いと強い決意を、2011年の秋季キャンプの時点で語っていた。

 高い身体能力と非凡な打撃センス、研究を怠らない懸命な努力とチームに貢献したいという強い気持ち。こうした要因がいくつも重なって、今季の野手として大ブレイクを果たしたのである。

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