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【上原浩治インタビュー#1】1、2年で終わると思っていたMLB。「自分」を持っていないと競争に生き残れない

2015年も残りわずか。今年はシーズン途中で怪我のため離脱したものの、ボストン・レッドソックスの守護神として活躍した上原浩治選手。当サイトでは年末年始、4回にわたりインタビューを掲載する。第1回目はMLB生活7年目を終えて総括してもらった。

2015/12/29

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本当は先発をやりたかった

――今回の企画は今シーズンを振り返ってもらって、来年の展望をお聞かせ願えればと思っています。まず、今年でメジャー通算7年が終わりました。この7年から振り返ってください。実際、今の立ち位置や活躍をどの程度、想定されていたのでしょうか?

上原 全く想定していなかったですね。年数も1、2年で終わると思っていましたし、メジャーでこれだけ活躍できるとは、正直、想定外です。

――日本時代も中継ぎ、ストッパーをされたこともありましたが、イメージとしては先発投手です。実際アメリカに渡った時は、ご自身はどのようなイメージをされていましたか?

上原 イメージというより、先発をやりたかった。実際は1年目の2カ月くらいですかね、先発で投げたのは。ケガをするまでやらせていただけましたけど、翌年のキャンプ中に監督から『先発としては起用しない』といわれたので、自分の中では先発をやりたかったですけど、仕方ないと、そこで先発の目標を諦めました。

――そこはスパっとですか?

上原 はい、スパッとですね。

――セットアッパーやクローザーは日本でも経験されていましたから、初めてという感覚はなかったのでしょうか?

上原 そうですね。中継ぎや抑えから先発というケースはあまりないですけど、先発から中継ぎ、抑えをやっている方は世の中にはいっぱいいますよね。だから、中継ぎに転向することに、「どうにかなるだろう」という感覚ではいました。

――その当時を考えると、その後にレッドソックスでワールドチャンピオンになるなんてことは?

上原 しているわけないですよね(笑)

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