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【高校野球】大選手、名監督……清宮幸太郎は早実の歴史に名前を刻むことができるか

ブログ「野球の記録で話したい」を運営中で『プロ野球解説者を解説する』(イーストプレス刊)の著者でもある広尾晃氏。当WEBサイトでは、MLBとNPBの記録をテーマに、週2回、野球ファンがいつもと違う視点で野球を楽しめるコラムを提供していく。今回は、第1回選手権大会から出場している早稲田実業についてだ。

2015/08/12

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歴史に名を残すOBたち

 今年の早稲田実業は圧倒的な打力を誇る。1回戦は古豪今治西に対して、立ち上がりに3点先制、7回にも3点を挙げて比較的楽な展開で勝利をものにした。
 注目の1年生清宮幸太郎は、3番一塁で先発出場。一飛、死球、中飛、右前打(1打点)の3打数1安打だった。

 早稲田実業は、1915年の第一回選手権大会から甲子園に出場している古豪だ。以後、春20回、夏29回甲子園に出場し、優勝2回、準優勝3回に輝いている。またこの間、のちにプロ野球で名を残す大選手を数多く輩出している。

 早稲田実業の甲子園の戦績を俯瞰してみよう。

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 第1回大会は、準決勝で秋田中学に敗退。このとき捕手を務めたのが岡田源三郎。明治大学、プロの金鯱軍などの監督などを務め、NPBでも捕手としてプレー。1896年生まれは、NPBの全選手中最年長。その後審判になり、多年の貢献によって1978年に殿堂入りしている。

 戦前は、春よりも夏に強かった。1935年には好投手の望月潤一を擁して準決勝まで進んだ。

 戦後は1948年の春に初出場。この時のエースがのちに名打撃コーチとして球史に大きな功績を残す荒川博。
1953年には「安打製造機」榎本喜八が活躍。榎本は先輩荒川博がいる毎日オリオンズに入団して、打撃を学ぶ。
 1956年には、強打の捕手醍醐、攻守強打の三塁手徳武定之の3年生コンビに、1年生エース、王貞治が登場。
王貞治は2年生で全国屈指の投手となり、春優勝、夏は2回戦でノーヒットノーランを達成。アイドル的な人気も博した。王は卒業後巨人に入団して打者に転向。打撃コーチになっていた荒川博に入門。世界のホームラン王に成長した。

 1977年には強打者川又米利 が登場、2年連続で春夏出場。川又は78年ドラフト外で中日に入団し、勝負強い中軸打者として活躍。

 1980年、1年生投手の荒木大輔が、夏の甲子園で大活躍。剛腕投手愛甲猛を擁する横浜に決勝で負けたが「大ちゃんフィーバー」が起こる。荒木大輔にあやかって、この年の9月に青森市で生まれた松坂家の長男には「大輔」という名前が付けられた。松坂大輔だ。荒木大輔を破った横浜高校に進んだのも奇遇だ。荒木は3年連続で甲子園に出場。最後の夏は準々決勝で池田高校に敗退。この試合で荒木をリリーフし、水野雄仁に本塁打を打たれたのが同級生の石井丈裕。石井は西武に進み、プロでは荒木大輔より好成績を上げ、MVPにも輝いた。

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